朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
~壊れた想い出~ 
東京から兄が来て、私の大切な「古き良き想い出」をぶち壊して帰って行った。

久しぶりに昔話などするからいけなかった。話している内に時代は次第に遡り、ついに戦前にまで行ってしまった。

「A市の家は大きかったな。門から玄関までが凄く遠かった。今で言う豪邸だな」と私。
「途中に大きな池のある庭があったな」兄。
「長い廊下を走って遊んで、よく叱られたものだ」
「オレは風呂で水泳の練習をしたよ」

「あの家での暮らしは唯一のいい想い出だな。 上流の暮らしもオレは5歳まで、兄貴は9歳まででおさらばだ。 戦後は貧乏のどん底へ急降下だったな」
「上流?一体どこの誰の話だ」
「もちろん、ウチの事さ。お屋敷に住んで美味いもの食って、お客さんは海軍のおエライさんや各界の名士。 お袋は奥様と呼ばれ、オレは坊ちゃんだ。 女中だっていっぱい、いたじゃあないか」

「女中......?」
しばし沈黙......。
「ああ、女工さんのことかね。 あの家は親父の勤めている会社のもので、故郷を離れて働いている女工さんの寮になっていたんだ」

「女工さん......?」
今度は、私が沈黙。

「聞いたことないぞ。 お袋がいつも『昔は何もかも女中が世話してくれて、なに不自由なく暮らしていた』と言ってたじゃないか」

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(写真は、この頃より約4年前、長男5歳、次男3歳、三男の私は1歳。2年後「お屋敷」へ転居)

「夢を見ていたのさ。 海軍のクラブもやっていたな。いわゆる宴会場だね。 お袋は寮の管理と宴会の仕事でてんてこ舞いだ。 それで女工さんをてなずけて、お前の面倒みさせていたんだよ」

何か変だ。そう言われても、にわかには信じ難い。 しかし、兄の話は辻褄が合っている。女子寮兼、宴会場として使える家なら大きくて当たり前だ。 

私は三男、他に二歳上の次男もいる。 この話が事実なら、なぜ二人とも、今まで何も話してくれなかったのだろう。 何十年もたってから、突然打ち明けられても戸惑うばかりである。

 ~あばかれた謎~
私が女中さんと信じていた女性達が、実は寮に泊まっている女工さんと、兄から聞かされてショックを受けた。

「信じられんな。食事の世話する人、風呂に入れる人、幼稚園の送り迎えしてくれる人、遊びに連れて行ってくれる人。 あれはみんな会社の女工さんのサービス残業だって?」
「ヒマそうな人を見つけては、お前のお世話を頼んでいたんだよ」
「しかし、お袋は奥様と呼ばれていたし、オレは坊ちゃんとしてチヤホヤされていたよ」

「そりゃ、よかったな。 ところで、お袋の夢を知ってるかい?」
「男の子は慶応♪ 女の子はフェリス♪ そして、上品な家庭だらう。散々聞かされたよ」
「自分の子供3人と女工さんを使って上品な家庭劇の練習をしていたんだよ」
「親父はどうした」
「出番なし。上品とはほど遠いからな。 お前は親父にそっくりと言われていたな」

「それは後の話だろう。 幼かったオレは彼女達の温かさ、優しさで救われていたような気がするんだ。 仕事でもないのに、どうしてそこまでやってくれたのか不思議だね」
「そこがお袋の上手いところさ。 あの食料難の時代に、寮の食事と宴会の料理を仕切っていた。 つまり食料を握っていたんだよ。 たいていの無理は通るものだ」

「それだけかなぁ。 ところで、その食料一体どこから持ってきたんだ。簡単には手に入らない筈だよ」
「ちょっと言いにくいんだが、親父が会社で糧食関係の仕事をしていたので、ちょと融通を利かせたんだ」
「融通だって? それは横領じゃないか」

「早い話、そんなことだ。 天網恢恢疎にして漏らさず。ちゃんと成敗されているよ。 戦争に負けた後が大変だった。悪事は露見、家はおん出されるし食べるものも着る物もない... ...」
「おいおい、ちょっと待てよ。行き着いた先は足の踏み場のないほど狭い*バラックだ。 誰が何を話そうと、話は家中筒抜けだよ」     
*焼け跡で拾った焼けトタンなどで作られた小屋

「それがどうした」
「お袋は毎日のように、戦前の豊かで優雅な暮らしぶりを話していたじゃあないか。各界の名士や海軍士官との派手な交遊についても、よく話していたな。 ダンスもしたと言ってたぞ。 兄貴だって聞いていたはずだ!」
「うん、聞こえたな。耳にたこだった」

「しがない管理人だったことを、長いことオレに秘密にしていたのは、お袋が哀れと思ったからか? それとも、一人くらい素直に聞いた方がいいと思ったからか?」
「秘密? そんなことないよ。必要もないし」
「それなら何故、何十年も黙っていたんだ!」
「聞かれなかったからなぁ。 それに...」

「それに、なんだ」
「お前がお袋の話を真に受けていたとは知らなかったよ」
「オレが黙って聞いてるのを見れば、分かるはずだろう」
「分かるわけないよ。 オレだって黙って聞いていたんだから」

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【2009/03/08 19:37】 | 照る日曇る日
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