朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
所属している札幌シニアネットでカラオケと歩こう会を楽しんでいる。カラオケの場合は歌を静かに聴いているのが一番いい。音楽の中で話をしていてもよく聞こえないのだ。いちいち聞き返しても悪いので分からないまま肯いている。相手の人が謙遜している時が一番怖い。聞き返してもいけないし肯いてもダメなのだ。

「これこれしかじか。下手だから恥ずかしいのですよ」
「うんうん、なるほど」
「ホニャララホニャララ。私の歌なんか聞きたくないでしょ」
「そうですね。全くその通りです」

これでは楽しい会話もぶち壊しだ。私は耳が遠くてまともな会話が出来ない癖に話したがる。大人しく聴いて楽しんでいれば好いものを、自分で話しかけていながら心配している。そして不本意ながら肯いている。

今日は楽しい札幌シニアネットの「歩こう会」。歩きながら、いろいろ話が出来るので楽しい。サハリン生まれで終戦の混乱の中で敗戦後3年も難民生活を送った苦労話も聞いた。今、こうしてハイキングが出来ることをしみじみと幸せに思った。子供の頃を思い起こせば年寄でハイキングを楽しめる人は、お金持ちに限られていた。

半世紀前に遡れば上流階級に属する人でなければ出来なかったことを、今は当たり前と思っている。「イッツ・ア・ワンダフル・ライフ」と思ってもいいはずなのに……。そう言えば『」素晴らしき哉、人生!』という映画があった。その映画のように、天使が私に幸せな人生を歩んでいることを教えてくれているのかも知れない。

歩きながら話をすると、アルト・サックスや体操をやっていた人の話も聞けた。アルトと言えばジャズのチャーリー・パーカーやアートペッパーを思い出す。体操競技と言えばコマネチか。競技や舞台での経験のある人の話は面白い。思わず引き込まれてしまい。質問攻めにしたら逃げられた。歩きながらの場合は逃げるのも自然にできる。スピードを落としたり、風景に誘われてちょっと横道にそれるだけでいい。

とても嬉しいことがあった。集合場所が偶然にも40年前くらいから7年くらい住んでいた集合住宅のど真ん前の公園だった。その頃息子は6歳、所々に小さな桜の木が植えられていた。それが大木になり花をいっぱい咲かせているではないか。驚くやら嬉しいやらで心の中では大変な騒ぎだ。

さっそく傍にいた人に話した。次々と三人くらいに話した。それでも満足しないで、ハンドマイク付メガフォンを使って約50人の歩こう会メンバーに向かって「そこに建っているアパートは私が7年間住んでいた所です」と知らせた。もちろん花見をしている沢山の人々にも聞こえたと思う。ところが、ハ~とかフ~とか微かに聞こえたような気もしたが、何の反応もなかった。

私はどうも勘違いをしていたようだ。リンカーンは丸太小屋からホワイトハウスへと言われ、生家が名所となっている。しかし私はただの人、共同住宅の一室には何の意味もない。心の中で静かに懐かしむべきだった。後で考えると、はしゃぎ過ぎて恥ずかしい。昔なら深く傷つくところだが今はボケたかなと呟くだけ。

小さな幸せをいっぱいもらったが、不幸せもホンの少し頂いた。それも、うどんにかける唐辛子程度の役目をしてくれた。お陰様で楽しい楽しい歩こう会だった。歌って歩いているだけでは申し訳ないので社会貢献にも力を注いでいる。微力ではあるが人の為になることもしてみたいのだ。

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【2016/05/14 00:00】 | 札幌シニアネットssn
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