朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
私にとってワシントンハイツとは戦後に突如として現れたアメリカン・ドリームの世界。それは渋谷区代々木に建設された合衆国空軍ワシントンハイツ団地のこと。そこには今のNHK放送センター、代々木公園、国立代々木競技場等の風景を全て飲み込む巨大米軍施設があった。明治神宮内苑に隣接したアメリカ村は、終戦1年後の1946年に建設され東京オリンピック開催の1964年に返還された。

歴史的には私が6歳のとき完成したのだが、その存在に気づき、憧れるようになったのは10歳の頃と思う。金網のフェンスの外から中を見て、カラフルな夢の世界に圧倒された。そこでは金髪が印象的な米人家族が夢のような暮らしをしていた。その風景に感化されたのか、私はいつの間にか洋画ファンになっていた。現実には絶対に体験できない世界を映画の中に求めていたのだろう。

少年時代の繁華街のイメージは華やかな銀座、新しい新宿、古の浅草、そして場末の渋谷だった。区民は復興から取り残された自らの居住地を卑下し、そう呼んでいた。それがワシントンハイツの返還をきっかけに急速に発展した。今ではそこに、私にとってはテレビでしか見たことのない華やかな渋谷がある。振り返って考えれば、米軍施設が渋谷の復興を妨げていたのだと思う。

「渋谷は焼け跡の中の田舎という感じでしたね」
「焼け跡に田舎も都会もないだろう」
「それがあるんですよ。通学のときは荷馬車の後ろにぶら下がるんですよ。御者の小父さんに怒られても懲りずにやりました。楽だし面白いからね」
「危ないから注意するんだな」
「馬が疲れるからですよ」
「ほ~ぉ」
「凄い剣幕ですよ」
「小父さんは後ろに目があるのか」
「荷を積んでいるから馬も大変なんですよ。一馬力でしょう。馬の動きで直ぐ分かるんですよ。多分」

結局は怒る小父さんの怒号と形相にに恐れをなして止めた。戦後3年くらいまでは、殆どの人が食うや食わずだった。馬が死ねば自分も食えなくなる。馬は大切な財産だから怒る。子等の安全の為ではない自分の生存を脅かさられるから全身で怒るのだ。子供になめられるようでは大人も生きていけない世の中だった。

暮らしがが安定して世の中が平和になると、「昔の大人は叱ってくれた」とか懐かしそうに言う人が出て来た。確かにそのような教育的指導をする大人も居たのだろう。ドラマにはよく出て来るので、それも一つの事実と考える。私の体験とは違うが。

ごく稀なことだが、中学の先生からその様な教育的指導を二回ほど受けた記憶がある。熱い気持ちが伝わり感動したので今でも覚えている。しかしそれは例外に過ぎない。小中学校の先生を含め、ほとんどの大人は怖いだけの存在だった。毎日の「仕事」は怖い大人からの攻撃をかわすこと。それに尽きた。そうしなければ弱い子は潰されてしまう。これも生活の知恵だ。

「お前は確か東京渋谷の育ちとか言ってたな」
「そうですよ。5歳から15歳まで、その後は23歳まで東京から出たり入ったりです」
「そして25歳からはほとんど北海道」
「途中、2回ほど転勤で離れただけです」
「渋谷時代の話だが、嘘もほどほどにしろよ」
「大筋において事実を書いているつもりです」
「何で電車やトラックが走っている渋谷に馬車が居るんだよ」

戦争は何もかも破壊する。燃料も食料も極端に不足し、戦後の一時期は荷馬車も再登場した。坂道になると乗客が降りてバスを押す世の中だ。前世紀の遺物が登場しても不思議ではない。使えるものは何でも利用した。

当時の木炭バスは力が弱く坂では難儀した。その一方ではアメリカの乗用車が颯爽として走っていた。渋谷は最先端の文明と明治時代の貧しい部分が共存していた。今になって考えると、広大な敷地に造られたワシントンハイツの存在が10歳の私の成長に大きな影響を与えたと思う。手に取ることの出来ない夢の世界だが。

金髪をなびかせた女性が運転する赤いキャディラックが走り、同じ道路をパカパカ歩く荷馬車も通る。否応なくその差を見せつけられた。オマケに住んでいるのは焼けトタンの粗末なバラックだ。楽しみは街をぶらつくくらいだ。宮益坂を歩いて下り右折すると渋谷区役所があり、その近くからワシントンハイツが広がっていた。

渋谷公会堂で無料の浪曲を聞き、ワシントンハイツに行く。そして金網の中を見ると、そこは浪曲とはガラリと違う夢の世界だ。グリーンの芝生にしゃれた住宅、赤、白、グリーンの乗用車、子供たちが模型飛行機を飛ばして遊んでいる。禁断の場所は文明の国、アメリカのショーウインドのようだった。遠い異国に憧れた私に出来ることはワシントンハイツの金網にへばりつくことと洋画を観ることだけだった。

「憧れとは不思議ですね。現実感がまるでないのです」
「いいなあと思っても別世界」
「そうなんですよ。もし行けるとしたら夢の中」
「何にもならんな」
「そうでもないですよ」
「なんで?」
「空想するにもネタが無いとできません」
「そりゃそうだ。小説家じゃあないからな」
「ワシントンハイツとアメリカ映画が絶好のネタになってくれましたよ」
「空きっ腹かかえて空想か」
「全てはです色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)
「何でも食いたい。全てを食うだろう」

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【2016/01/09 00:00】 | 照る日曇る日
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