朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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私の部屋はなぜ、あのように乱雑になってしまったのだろうか。そこらじゅうに物が置いてあって、足の踏み場もない。その原因を簡単に言うと逆転の発想かな。中途半端な整理をするくらいなら、全くしない方がマシであると悟ったからだ。

最近、益々物忘れがひどくなった。部屋の整理をすると、今まで簡単に見つけられていたものが、何処にあるのか分からなくなるのだ。年がら年中、カードがない爪切りがないとか言って、部屋中探し回っている。だから整理をするのが怖くなってしまった。しかし整理はしなければならないとの思いもあってウジウジしていた。

ところで、全く整理をしない人の家に行ったことがある。玄関を開けると、靴とか履物が乱雑に置き放されていた。一瞬、入るのを躊躇していると迎えに出た奥さんがパパパッと履物を寄せ、「どうぞ」と言ってくれた。家の中は廊下から階段まで物が乱雑に置かれ、一人ずつ歩くのが精いっぱいだった。

室内も同様でテーブルの上にはあらゆる物が山の様に積み上げられていた。そんな状態の中でビックリしたことがある。奥さんが「あなたアレ何処?」と言ったら、積み上げられた物の中から「この辺かな」と言うが早いか、サッと抜き取った。整理しない方が探し易いのだ。未整理の達人を見て考えが変わった。

その時思ったことは中途半端な整理は絶対にダメ。何もしないか徹底的にするか、どちらかだ。私は達人みたいな芸当はできないから、徹底的に整理する方法を選んだ。しかし部屋は8.7畳しかないのにベットからパソコン、テレビその他使うものが全部入っている。先ず整理した物を収納するスペースを作らなければならなかった。

それには押入れから物を出さなければならない。たちまち部屋の中は足の踏み場を確保するのが精いっぱいになった。そんな時に持病の腰痛が出てきたので、整理は押入れの中にスペースを作るだけで終った。
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困難にぶち当たり作戦を変更した。徹底的断捨離の第一歩は腰痛を克服することから始めることにした。腰痛の原因は千差万別だから人によって対応の仕方が異なる。私の腰痛は一瞬も立てない状態でも三日寝ていれば治ることが分かった。しかし、三日間も横になっていることは思ったより大変だった。特にトイレに不自由した。尿瓶が必需品となる。ああゆうものは嫌いなのだ。自分で捨てに行けないのも辛い。

私は立てなくなるのが嫌だから。腰痛が始まると三日間休養することにした。これで腰痛を悪化させることは避けられるが、寝たり起きたりの生活になってしまう。整理どころか徹底的な運動不足になり、ちょっと動けば腰痛、そして休養の悪循環に入ってしまった。

こんなことを繰り返していたら断捨離どころか私自身が切り捨てられてしまう。この悪循環から逃れるため医師と相談してリハビリをすることにした。そのせいかどうがは分からないが、結果として腰痛発症を必要以上には恐れなくなり、屈んで作業する整理も積極的に出来るようになった。

断捨離の極意は捨てることにある。そうすれば整理しやすくなり最終的に必要最小限の物があれば快適に暮らせるようになる。それは分かるが捨てられない私には工夫が必要だ。その第一歩が腰痛管理だった。これからも工夫は続く何処までも。

「断捨離はどうしたんだ」
「先ず、身体が動くようになってからですね」
「この間はケチ病が治ったらやるとか言ってたな」
ケチの断捨離のことですか」
「そうだよ。これではいつまでたっても始まらないじゃないか」

大丈夫。既に断捨離は順調に進んでいる。従来の断捨離論を進化させて「捨てられない人の為の断捨離論」を構築した。そしてリハビリして作業に必要な身体作りに成功したのである。

「第一の矢は理論、第二の矢は身体、二本の矢を的にピタリと当てました」
「三本目はどうした」
「分かりません」
「知らんでどうする」
「どうにかなるでしょ」
「どうにかとはなんだ!
「胴は首から下ですが……」

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【2015/11/07 00:00】 | 生きる知恵
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断捨離出来たらいいですね。
路傍の石
樺太からの引き揚げ経験者である友人が、
自叙伝を出版した。
読んで欲しいと先日私の元に届いた。

死の恐怖と隣り合わせ、食べ物さえ底をつく。

その時代と現代を比べるのは無理があるのは分かっているが、
やはり今は物で溢れている。

PPさん、意を決して断捨離に挑戦しよう!
断捨離で首と胴が離ればなれになる時代ではないのだから。

かく言う私も,なかなか断捨離出来ないでいる。
偉そうなこと言って 「ゴメン!!」






毎日少しずつやっています
PP
ご友人が樺太からの引き揚げ経験を書いて、自叙伝を出版したのですか。
大変な経験ですね。私も読んでみたいです。
断捨離はゆっくりと確実にやりたいと思います。
今でも毎日少しずつやっていますよ。
腰痛のリハビリは上手く行っているし、私なりの断捨離方法も考えました。

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この記事へのコメント
断捨離出来たらいいですね。
樺太からの引き揚げ経験者である友人が、
自叙伝を出版した。
読んで欲しいと先日私の元に届いた。

死の恐怖と隣り合わせ、食べ物さえ底をつく。

その時代と現代を比べるのは無理があるのは分かっているが、
やはり今は物で溢れている。

PPさん、意を決して断捨離に挑戦しよう!
断捨離で首と胴が離ればなれになる時代ではないのだから。

かく言う私も,なかなか断捨離出来ないでいる。
偉そうなこと言って 「ゴメン!!」




2015/11/10(Tue) 17:36 | URL  | 路傍の石 #-[ 編集]
毎日少しずつやっています
ご友人が樺太からの引き揚げ経験を書いて、自叙伝を出版したのですか。
大変な経験ですね。私も読んでみたいです。
断捨離はゆっくりと確実にやりたいと思います。
今でも毎日少しずつやっていますよ。
腰痛のリハビリは上手く行っているし、私なりの断捨離方法も考えました。
2015/11/10(Tue) 22:18 | URL  | PP #kEawCMz.[ 編集]
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