朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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2015年6月6日に11羽を連れた母オシドリを見てビックリした。中島公園を毎日の様に歩いて13年以上になるがこんなことは初めてだ。さぞかし驚くだろうと思って、所属している札幌シニアネット(SSN)のメーリングリストに流した。

「そしたらね。一人もビックリしないんですよ。600人も居るのにね」
「世間は広いの。札幌だけが世界じゃないんだよ、まして中島公園なんて…」
「夕張にも行って来ましたよ。お土産にメロン買ってきたでしょう。お忘れですか」
「まだ熟れないとか言って三日間も摩ったり臭いをかんだり、呆れたね」

結局QPも驚かない。どなたかこの驚きと喜びを共有してくれないかと思っていたら、いいことを思いついた。新聞社に知らせよう。「善は急げ悪事はゆっくり慎重に」と言うではないか。即実行、メールで知らせた。

若い女性記者がカメラマンと一緒にやって来た。そのカメラマンが凄かった。しゃがんでは撮る寝ては撮る。親子オシドリの行動を予測し、先回りしては撮る。全部で千枚以上は撮ったと思う。私でさえ130枚も撮ったのだ。

150703osidorishuzai.jpg

その時、10羽の子を持つ親子オシドリは親組(親+子4羽)と6羽組(子6羽)に分かれてしまった。最初は全部一緒に日本庭園に居たのだが、親組が徐々に庭園から離れ二組に別れたのだ。

記者たちが取材に来たころ、親組は庭園を出て藤棚橋(仮称)をくぐり、更に菖蒲池に出て、沖合の南島(南側の島)に行ってしまった。庭園には6羽の子だけが留まることになった。やはり親子は一緒でなければ絵にならない。見えないのは分かっているのに、つい目が遠くの島へ行ってしまう。

島を見つめて30分もしただろうか。「島に上がったようですね」と言いながらカメラマンがモニターで見せてくれた。さすがプロの持つカメラは凄い。オシドリ親子がはっきり見えた。彼は写真を撮り続けたが、私のデジカメでは遠くは撮れない。何となしに記者と無駄話をした。

「PPさんは航空管制官だったのですね」
この一言でオシドリの行動に関して、ある言葉を思い出した。
「ランデブーって聞いたことありますか」
「ありませんが……」と若い記者は言った。
「昔デートの意味で使う人は多かったのですが、アメリカ空軍では戦闘機と空中給油機との会合という意味で、よく使われていました」
「空は広いからランデブーも難しいでしょうね」
「別れ別れになったオシドリを見て思い出しました。早く一緒になって欲しいです」

オシドリの会合は半分諦めていた。しかしカメラマンは諦めないで菖蒲池を見つめている。すでに取材を開始して1時間以上たって居る。彼は親子組が上陸した南島よりはるか離れた池の北側に場所を移してカメラを構えていた。

「オシドリ来ましたよ」と嬉しそうな声。
「マガモの親子じゃないですか」と私は疑り深い。
何組かのマガモ親子の存在を知っているからだ。オシドリ親子が南島からぐるりと回って北岸に来るとは予想できなかった。日本庭園に帰るにしても遠回りだ。

しかしカメラマンは正しかった。案内人のつもりの私はうろたえた。考えてみれば望遠で見ている人が間違えるはずがない。残念ながら装備で負けた。

オシドリ親組は北岸に沿って泳ぎ、庭園橋(仮称)をくぐり日本庭園に上陸した。一方オシドリ6羽組は庭園の池のそばで寝ていた。帰って来た親組が徐々に近づく。私は感激の対面を期待した。

しかし親組は少し近づいては草を食み、寝そべったりしている。一方、6羽組も目を覚ましたようだが駆け寄る気配もない。休んだり食ったりしながら徐々に近づき、最終的には池に入って一緒になった。

150703osidorishuzai2.jpg

親子鴨はいつも一緒に行動するものと思っていたので私にとっては新発見となった。初めて親子鴨(オシドリはカモ目カモ科)の離散・会合を見て感動した。1時間30分のオシドリのランデブー劇場を楽しんだ。二人に挨拶をして帰ったが、記者とカメラマンは取材を続けていた。そして翌朝の新聞に「オシドリ親子池スイスイ」と載った。

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【2015/07/11 00:00】 | 中島公園・薄野
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