朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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フィクション恐怖の歩道
ここは日本警察七曲署殺人課、ボスがゴリさんに命令を下す。
「ゴリ、ご苦労だが内閣府最高交通安全会議に行ってくれ」
当時の東京は交通事故数がうなぎ上り、一方殺人事件は七曲署の猛者が悪者を全部退治してしまったので仕事は何もない。こうした状況でゴリさんの出番となった。

1970年当時の課題は増え続ける交通事故の減少だった。そしてやり玉に挙がったのが車道の自転車である。道路交通法の決まり通りの車道走行だが何故か問題になっていた。第1回最高会議は1970年4月開催。委員は豊日自動車副社長と警察のゴリさんを含め約5名。

「予想外の交通事故急増で車が売れなくなり困っています。なんとかしてください」
と豊日自動車の副社長が口火を切った。
「殺人事件をゼロにしました。交通事故も任せてください」とゴリさんは頼もしい。
「車椅子で移動し易いように歩道の段差を解消してバリアフリーにしたいのです」
「賛成!優しい気持ちで交通事故を減らしましょう」
と、気が優しくて力持ちのゴリさんはもろ手を挙げて大賛成。てな感じで第一回会議は和やかな雰囲気を残して終了。

「ゴリ、会議はどうだった」と、煙草をくわえコーヒーカップを片手にボスが聞く。
「心洗われる思いです。コロシ(殺人)はもう沢山。 命をかけて交通安全!」

あれから1年後、最高会議で副社長が新たな提案。
「車道をフラフラ走って危険だから自転車の歩道走行を認めてほしい」
「ダメです。段差がなくなったから自転車が暴走して、歩道が危険になります。障がい者の為のバリアフリーなのに車椅子に乗るのが怖くなる。絶対に認められません」

ゴリさんは、例外的に自転車の歩道走行を認めるのならば、自転車専用道路が出来までとか期限を決めること。それまでの間は歩道走行取締体制を強化することを強く要求し続けた。そして1年たったら委員を首になった。

代わって登場したのが警察のエライさん。早速記者会見を開いた。
先ずA新聞のB記者が質問。
「暴走自転車が横行して歩道を歩いていても恐怖を感じることがあります。自転車には歩行者を守る為、徐行や一時停止の義務がありますが守られていません。なぜしっかりと取り締まらないのですか?」
「えーと、取り締まりを強化すれば新たな暴力団の資金源になる恐れがあります」
と、警察のエライさんは小さな声で言い難そうに答えた。
「なんですかそれ?」

「自転車への当たり屋です。つまり自転車にわざとぶつかって怪我をしたふりをして『訴えるぞ』と脅して金品を要求するのです。車の当たり屋に比べて安全に稼げるので、これから流行ると思います」
「そうなんですか」
「分かりましたか」
「全然分かりません。本当は取り締まりを強化すると自転車が車道に戻ってしまうからでしょう。それが嫌なんじゃないですか。車の邪魔ですからね」
「そんなことありません」

「自転車に車道を走って欲しくない人が居るんでしょう」
「事故を心配する人は多いです。ドライバーは嫌がるでしょうね。」
「車の売り上げに影響しますね」
「売上より人の命が大切です」
「1970年頃に20%程度だった自家用車の世帯普及率は1990年頃には80%に達しています。この間にほとんどの歩道から段差が消えました。歩道の段差解消が進むにしたがって車の売り上げが急上昇しています。この事実をどう考えますか?」
「たまたまでしょう」

「歩道に暴走自転車が増えたのは段差を解消したからでしょう」
「そうですね。段差あっては走れません」
「なぜ取り締まらないのですか?」
「……。えーと、自転車の人は歩行者でもあるので何とか譲り合い……」
「ホントのところは自転車が車道にもどると交通事故が増えるからでしょ」
「それも一理あります」
「交通事故が増えれば車が売れなくなりますね」
「それはまだ検証されていません」
「癒着しているんではないですか?」

私が癒着を感じたのは、福岡市で遭った当て逃げ事件がきっかけだった。歩いていいると後ろから何かがぶつかり路上に倒れた。痛みを堪えて起き上がると、自転車が猛スピードで逃げていくのが見えた。悔しいから道路交通法を読むと歩道では歩行者に絶対的な優先権があることが分かった。

その頃私は、自転車を便利に使っていた。もちろん歩道走行に何の疑問も抱いていなかった。しかし道交法の歩行者保護優先規定を知ってしまったので、守らなければならないと思うようになった。被害者の私としては踏んだり蹴ったりだ。

自転車に乗っている時、これほど不便な決まりはない。歩行者を抜く時は徐行しなければならないし、歩行者が邪魔で通れなければ一時停止しなければならない。これでは自転車に乗っていても走れないから、乗るのを止めた。

歩道の段差が無くなって走り易くなったと思ったら、私の心の中に心理的な段差ができて走れない。「知らぬが仏」というけれど、記憶力が好くて、知らない状態には戻れなかった。忘れっぽくなりたいな~と思ったら、望みは叶ったが嬉しくもない。もう自転車に乗らなくなって10年以上になる。

私説(社説の真似事) 
ところで前回「悪質自転車に講習義務化」(北海道新聞2009年5月18日夕刊はいはい道新より抜粋)」の以下略の部分には次の様に書いてある。「……。以来怖くて自分が自転車で歩行者のそばを通る時は降り、ベルを鳴らしません。互いに少しの譲り合いの心があれば、と思いました」

そしてこの記事のタイトルは「気になる」だった。これを読んでとても気になってしまった。歩行者用道路での徐行違反、歩道での歩行者妨害等の行為が法律でなく心の問題にすり替わってしまっているのだ。

このことは、当局が自転車の歩道走行を例外的に認めた時に、国民にたいする広報をまったくしていなかったことを意味している。そして30年以上も放置すれば法律を無視した常識が形成されても不思議ではない。癒着の悪影響は恐ろしい。

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【2015/06/13 00:00】 | 私が思うこと
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