朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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朝食はテレビを消して話しながら食べている。QPと一緒に行動することは滅多にないのだから朝食ぐらいは話しながらと思っている。それに、その日の予定の確認なども必要だ。大したことではないが、昼食は外で食べるとか、帰りは遅くなるとか我家の生活に影響を及ぼすことは伝えて置きたい。

もちろん、無駄話もいっぱいする。QPがよく口にするのは「あんた、ケチだからね」だ。確かに私はケチだが、バレないように気をつかっている。しかし40年以上も一緒に暮らしていたら隠し通せるわけがない。無職なのに家事もしないで、ろくでもないことばかりしているのだから言われても仕方ない。ガス抜きになれば幸いだ。

前言を翻すようだが、本当はケチでない。ケチな人はお金とか好きだと思うが私は興味がない。金の勘定など面倒くさくて仕方がない。私がケチと思われているのはお金を使わないからだ。しかし、小遣いをもっとくれとかアレが欲しいとか言ったこともない。貰うのも使うのも面倒くさいのだ。

ケチがばれないように気をつかっていたのは在職中のことである。退職を目前にした同僚たちが辞めたら生活が大変だ。年金なんかでは食えないとか盛んに言うので、それを真に受けて凄く心配した。私にとって「食えない」と言う言葉は極めて恐ろしいことなのだ。次に心配なのはケチと思われることである。

食えなくなるのが心配だから、車を止めた、酒もタバコも旅行も止めた。その他、金のかかることは全部止めた。止めなかったのは冠婚葬祭、宴会の類だけ。これを止めるとケチがばれてしまう。皆で出し合うカンパなどは全部参加した。今よりもっとバカだったので、こんなことで気前がいいフリが出来ると思っていたのだ。

個人的な趣味趣向では金を使わなかった。別に我慢をしていた訳ではない。正確に言えば使いたくなくなってしまったのだ。全てを犠牲にしても食えなくなるのだけは御免だ。それでもケチと思われるのは嫌なので交際費的なものは削らなかった。簡単に言えば一番大切なのは食うこと、二番目が見栄をはることである。

QPが私をケチと思うのは当然だが、職場の仲間にどう思われていたのだろうか? 爪に火を点すようにして交際費を捻出していたのに、ケチと思われていたとしたら浮かばれない。徹底的に隠したが隠蔽は成功しただろか。折角の努力が水の泡なんて耐えられない。これもケチな考えかも知れない。

ところで在職中は、お金の勘定が大好きだった。エクセルも一生懸命勉強した。表を作っては、今年はこれだけ貯まった、来年はこれくらいになるとか思いを巡らし楽しんでいた。全ては退職したら食えなくなると言う心配を払拭するためだ。

退職しても食えることが分かってからは急に金勘定が面倒くさくなった。老後の為に備えていたのに老後が来てしまったのだ。今、一番自由に感じて幸せに思っているのは、お金から解放されたからだろう。稼ぎも使いもせずに生きることは素晴らしい。まるで理想郷の住人になったような気分である。

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【2015/04/04 00:00】 | 生きる知恵
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