朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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ドラマが大好きだ。現れるヒーローは背が高くて恰好いい。強いのに正直で優しい。オマケに女に持てて自分より彼女を大切にする。何から何まで私とは正反対である。ドラマを観ていると自分がヒーローになったような気がするから不思議だ。

現実には気が小さくて小ずるい奴もいる。まともに向き合わないで騙したり逃げたりすることばかり考えているのだ。それでも勝てる自信がないので、バレた場合の対応策まで用意している。実に卑劣だ。どこの誰とは言いたくないが私に似ている。

家の中ではQPに苛められっぱなしだ。こんなことでは終わりたくはない。「退職したら家でのんびり」は私の長年の夢。何人も私の人生をぶち壊す権利はない。と言ってもQPは強敵だ。さてどうするか? 

セオリー通り失敗から学ぶことにした。QPは「あんたは間違っている。悪いのはアンタ」の一点張りである。それに対して私は丁寧に説明して理解を求めた。これじゃあ勝てるわけがない。QPは人の話など全く聞いていない。ただケンカに勝ちたいだけなのだ。審判役不在の喧嘩は私が負けるまで延々と続くのである。

そもそも空っぽ頭のQPに説明と説得で対応したのが間違いだった。ちょっと知恵を働かせれば、これほど扱い易い人はいない。敵を知れば勝つのは時間の問題だが、ちょっと手こずり三年もかかってしまった。強敵QPを甘く見過ぎたようだ。

小説と名乗るものを書いたのは初めてだが、早くも書く身の辛さを味わった。つまり私が絶対に知られたくないことを書かなければ、この小説は完結しないのだ。どうしても書かなければならないのなら敗軍の将のように格好をつけて書こう。

私はこの作戦を「オペレーション・NONBIRI」と命名した。目標は「ノンビリ人生の奪還」、戦闘はセオリー通り情報収集から始めた。QPの言うことには何でも「はいはい」と言って服従する作戦だ。これを1年も続けると、彼我の情報量に格段の差が生じる。情報こそ作戦の要。情報戦は成功裏に終了したことは言うまでもない。

具体的に言うとQPは「ああでもない、こうでもない」と言い立てる。私は「はいはい、それもそうですね」と同意したフリをする。その結果、私はQPが心に思っていることを、情報として百パーセント得られるのに対し、QPが私から取れる情報は「それもそうですね」だけだからゼロに等しい。

これだけ情報量に差があって、しかもQPは「アンタはケチで自分勝手」とか、本来秘密にすべき情報を喋りまくるのだから有難い。口から唾を飛ばし嵐のように喋り続けるのに対し、私はただ肯くだけ。せいぜい「ごめんなさい」「そうですね」とつぶやく程度だ。喧嘩をしても消耗するエネルギーに大差が生じる。もはや勝敗の帰趨は明らかだ。三年たったら立場は逆転していた。

いつの間にか、QPがすっかり変わってしまった。何の要求もしない私になり代わって、自分であれこれ考え、私が暮らし易いように環境を整えてくれる。人を変えようと思ったら難しい。しかし自分が変われば相手は勝手に変わってくれる。例えそれが芝居であっても作戦であっても、はたまた嘘だとしても変わればいいのだ。QPは鏡に映る自分の様なものだと納得した。しかし、3年は長かった。

もし私がノロマの航空管制官でなかったら途中で挫けていたと思う。ノロマの管制官は努力しても頑張ってもどうにもならない。注意されても言い訳は一切できない。ただ我慢して耐えるだけだ。しかしそれで仕事が上手くなる訳でもない。不毛な努力を積み重ねているうちに辛抱する習慣だけは身についてしまった。それが今になって役に立つのだから人生は面白い。

時の流れは早いものだ。以前と違って諍いがあっても後に引かない。瞬く間に快復する。人生はカレンダー、壁に貼ってあるような四角ではなく一本の長い線。天から下る絆という細い糸。要所に年月日や祝祭日の印が付いている。人は皆、か細い糸にしがみつき天に向かってよじ登っている。これが私の思うカレンダー。蔑称QPはいつの間にか愛称に変わり、欺瞞にまみれたセーフティーネットも不要となった。

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【2015/03/14 00:00】 | 生きる知恵
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