朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
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短足で腕まで短い冴えない男。おまけに頭も禿げている。こんな私でも退職後は自由を満喫して楽しく暮らしている。今日はネットで知り合ったシニア仲間と東北旅行だ。出発までの待ち時間を空港内でブラブラして過ごしていた。
相変わらず空は青く雲は白い、日本中どこに行っても同じ空。おまけに何処の空港も似たり寄ったりの造りだ。団体旅行だが、皆から離れて一人で散歩していた。
仙台空港も時流に乗ってタワーを建て替えたようだ。後になって分かったことだが、そう思ったのは私の錯覚だった。

およそ三十年前のことだが、サングラスをかけた長身の男が小型機から降りてきた。フライトジャケットに身を包み足早に歩く姿も格好いい。ここは北国市郊外に位置する北国空港。北海道では二番目の規模をもつ空港である。
「伊吹一郎です。北国空港航空管制官を命ぜられ着任しました」
「赴任地まで自分で操縦か。派手なことするなよ。田舎の人は僻みっぽいからな」
「はぁ、気を付けます」

忙しい空港で仕事ができることが管制官の誇りだが、38歳の伊吹は超繁忙の東京国際空港からやってきた。地元の管制官はそれなりの敬意をもって迎えようとしたのだが、歓迎会での一言が彼らを著しく傷つけた。
「そろそろ田舎でノンビリしようと思ってね」 
「何がノンビリだ、北国をなめるなよ」と心の中で言った。皆同じ思いだ。

突然の吹雪は空港を大混乱に陥らす。除雪のため一時的に閉鎖されれば、多数の着陸機がぐるぐる回りながら空中待機する。出発を待つ航空機が列をなす。それぞれが一秒でも早い管制指示を待ってうずうずしている。
この時のプレッシャーは経験しなければ分からない。着陸できない航空機が北国上空に集中すれば、思いもよらない複雑な状況が作られる。それが三次元の世界の恐ろしさだ。誰もが遭遇したことのない困難な事態に直面し、口が渇き脈拍が上がる。状況は千差万別で、積み重ねた経験でさえ役には立たない。

仕事はチームワークだから、感情を表すことは避けなければならない。管制官は常に淡々と仕事をこなしているように見えるが、一旦現場を離れれば心の中に渦巻いている不満が噴き出して来る。時には関係ないところまで飛び火する。伊吹はさっそく不満解消のターゲットにされた。

酒席での陰口は無責任でどこまで本当か分からない。「伊吹はケチだ。自宅のトイレを使わないで空港でする。水道代をケチるんだよ。トイレットペーパーも持ち帰って家で鼻をかんでいるぞ」「伊吹は小型機の操縦を教えて儲けている。国家公務員法違反だ」とかいろいろ言い立てるが全ては単なる噂。北国に来てからはそんな気配は全くない。

むしろ私には親切な人としか思えない。住んでいるアパートが一緒なので、いつも車に便乗させてくれた。運転は極めて慎重だった。確かに事業用操縦士と操縦教育証明を持っている。資格を生かして休日にはアマチュア訓練生の教官役をやっていたがボランティアだ。フライトが趣味の伊吹は無料で乗れるだけで満足していた。

だが、以前の職場での評判は良くなかった。休暇をまとめて取り、アメリカに行っては飛行訓練を受けた。事業用操縦士と操縦教育証明を取るために何回もアメリカに行った。若いときは生活をギリギリまで切り詰めて操縦訓練の費用を捻出しなければならなかったのだ。しかしそれは昔の話、今では所帯も持って普通に暮らしている。

ちょうどその頃、出張で仙台空港に近い航空保安大学校に行った。帰りがけに仙台タワーに寄ることにした。「仙台は忙しいぞ。行くんじゃなかった」と、自慢げに嘆いている友人がそこで働いているのだ。管制室に入ったが、やけに静かだ。
「ヒマだなぁ、これが狂ったように忙しい仙台空港かよ」
「今、事故が起きたのだ。機体は片付けたが、警察で捜査中よ。滑走路閉鎖中 だ」
小型機が着陸に失敗したらしい。

この事故で伊吹が命を落としたことを知ったのは、北国市に帰ってからである。新聞には乗員二名死亡と書かれていた。無口な奥さんの顔を思い出した。いつか彼がこんなことを言ったからだ。 
「金を貯めて女房にボタン屋をさせるのだ。ボタンは腐らないから素人でも出来る。あらゆるボタンをそろえて置けば、そこそこの商売になるのじゃないかな。そうすれば年金の足しまいになるだろう」。38歳にしては生活設計も慎重だ。スマートで慎重な伊吹が事故を起こすなんて信じられない思いだ。およそ30年前の出来事だった。

タワーを見ながら物思いにふけっていると、
シニア東北旅行の世話役さんに声をかけられた。
「あら、山田さんじゃない。こんな所で何しているの。もうじき出発ですよ」
出発? 東北旅行、仙台。私の脳はやっと現実と繋がった。千歳空港を歩いている内に起きた錯覚だった。空港には個性がない。千歳にいながら仙台に居ると思い込むほど個性がない。いずこも同じ青い空と白っぽい建物。

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【2015/02/14 00:00】 | 照る日曇る日
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