朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
「お父さん、来て見なさい。朝日がとても綺麗だよ」と言われても手が離せない。私は74歳、一歳年下のQPと二人暮らし。退職後は公園に面した見晴らしのよいマンションに転居した。

戸建てに住んでいた頃は、向かいの家が大き過ぎて何も見えなかった。そのせいか二人とも窓から風景を見るのが大好きだ。
「まだ暗いでしょう。朝日はまだですよ」と嫌々返事をする。
「ほら、地平線が明るくなって来たでしょ。もうじき夜明けだよ」

夜明けと聞いてドキドキするような怖い出来事を思い出してしまった。およそ20年前、札幌から福岡へ転勤のために転居した時のことである。仕事も住居も落ち着いた頃、自転車に乗って近くの景勝地に行くことにした。

「翌日は仕事だから日帰りにしましょう」
「日帰りなんて落ち着かないよ。5時半にホテルを出れば仕事に間に合うでしょう」
早起きには慣れているが朝帰りで仕事では楽ではない。それに絶対に遅れてはならない事情もある。しかしQPが一旦、泊まりと言ったからには逆らっても無駄だ。

新しい観光道路は歩道が広く坂も緩やかで自転車で走るのに快適だった。この辺りは国定公園なので紅葉も鮮やかで鳥のさえずりも聞こえてくる。のんびりと移り変わる風景に見とれていた。これが翌朝の大失敗に繋がるとは夢にも思わなかった。

「おはよう。素晴らしい景色だったね。楽しかったよ」
5時半出発で5時起きだ。それから仕事じゃ楽じゃない。だけど喜んでくれたから、まあいいかと思っていた。ところが辺りは真っ暗気。なんだか嫌な予感がする。この時刻になっても明けない夜が不気味だ。

「アンタ、真っ暗じゃない」。  そら来た! お日様が出ないのも私のせいか?
「5時半にホテルを出ようと言ったのは貴女でしょ」
「真っ暗だよ。そんなこと言うはずないじゃない。暗闇で自転車なんか嫌だよ」

都合の悪いことは全部忘れる人だから、いまさら「言った、言わない」を蒸し返してもどうにもならない。幸い国道の方は真昼の様に明るい。道路照明灯が歩道を煌々と照らしているのだ。立派な道路で良かったと思ったが、その光こそ私を苦難の道へと誘い込んだ張本人なのである。

あれれっ、前方が暗い? こんなに豪華な照明が突然途切れるなんて信じられない。一本道だから道を間違えるはずもない。一体どうしたことだろう。思わぬ展開に迷子になった子供のようにうろたえた 

「アンタ、真っ暗じゃない。どうするのよ」と言われても、困っているのは私の方だ。まだ走り出して5分もたっていない。ホテルに引き返して夜明けを待ちたいところだが、仕事があるのでそうも行かない。それから、1分もしないのに墨を流したような真っ暗な世界に入ってしまった。後ろから声が聞こえる。部下に命令するような冷たく事務的な声だ。

「私は引き返すよ。明るくなるまでホテルで待った方がいいからね。仕事に遅れないように気を付けて行くんだよ。冷蔵庫にご飯とおかずがあるからチンして食べなさい。 行きはよいよい帰りは怖いとはこのことだねぇ。 あ~ぁ、嫌になっちゃうよ」。 QPは、こんな捨て台詞まで残してホテルへと去って行った。

怖い目に遭うのは私ではないか。だから日帰りにしようと言ったのに、QPの「日帰りなんて落ち着かないよ」の一言でひっくり返されてしまった。貧乏くじを引かされるのは何時も私だ。迂闊にも札幌と福岡とでは1時間くらいの日の出時間差があることを忘れていた。

前照灯は足元だけしか照らさない。月も出ない真っ暗闇では先が全く見えないからスピードも出せない。一寸先も見えない暗闇の世界が、こんなに怖いとは知らなかった。無理にでもQPを連れてくれば好かった。ブツブツ文句を言われていれば恐怖感が紛れるだろう。未だに目の前は真っ暗だ。今は後ろを向いても光が見えない。恐ろしいほど静かだ。自転車に付けた発電機の発するモーター音だけが聞こえる。

ただ一つの望みは、この道を10分間も進めば必ず灯りのある場所に出るという確信である。しかし暗闇が続くと確信は揺らぎ不安が増してくる。こんな時は自分勝手なQPでも居ないよりはマシなのだが、今ごろはホテルで夜明けのコーヒーでも飲んでいることだろう。

過ぎてみれば10分程度だが、先が見えないということが、こんなに怖いとは知らなかった。10分が1時間以上とも感じる孤独と恐怖の暗黒世界である。怪しい動物が暗闇から突然襲ってくるような気もする。このような黒一色の世界でもがき喘いだことは、20年たった今でも忘れられない。

後で聞いた話だが国道の一部は動物の生息環境に影響を及ぼさない為に照明を設備しなかったそうだ。往路では絶景に気を取られていて全く気が付かなかったが、何らかの注意書きはあったと思う。

「福岡でのサイクリングをを思い出すね」と日の出を見ながらQPが言う。
「真っ暗闇の道路のことですか」と、新聞を読みながら生返事をする。
「あの時は寂しかったな」
「はあ?」
「もう忘れたの。アンタが私を置いて、さっさと行ってしまったでしょう。仕方がないからホテルで夜が明けるのを一人で待っていたんだよ。本当に冷たい人なんだから」

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【2015/01/10 00:00】 | 照る日曇る日
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freesia
QPさんとのやりとりは、何時読んでも面白いですね。
今年も楽しみにしています。

ありがとうございます
PP
freesia さん、コメントありがとうございます。
楽しんで書いていますが人様がどう思うかは分かりません。
面白いと言って頂ければ嬉しいですね。励みになります。。


tom66
明けましておめでとうございます。

ブログの再開を楽しみにしていました。
オリジナル小説、拝読しました。

>「自己満足の小説を書くのです」
短くても、嘘っぱちでいいのですから書いてください。
シニアはその開き直りで行き(生き)ましょう。

http://blogs.yahoo.co.jp/nisiho0261/16956343.html#16956343


ありがとうございます
PP
tom66さん、読んでくれて有難うございます。
嘘を書くのも難しいものだと思っています。
書いているう内にだんだん本当に近づいてしまいます。
それでも楽しみながら1ヶ月2回くらいのペースで更新するつもりです。

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コメント
この記事へのコメント
QPさんとのやりとりは、何時読んでも面白いですね。
今年も楽しみにしています。
2015/01/10(Sat) 10:47 | URL  | freesia #-[ 編集]
ありがとうございます
freesia さん、コメントありがとうございます。
楽しんで書いていますが人様がどう思うかは分かりません。
面白いと言って頂ければ嬉しいですね。励みになります。。
2015/01/10(Sat) 13:37 | URL  | PP #kEawCMz.[ 編集]
明けましておめでとうございます。

ブログの再開を楽しみにしていました。
オリジナル小説、拝読しました。

>「自己満足の小説を書くのです」
短くても、嘘っぱちでいいのですから書いてください。
シニアはその開き直りで行き(生き)ましょう。

http://blogs.yahoo.co.jp/nisiho0261/16956343.html#16956343
2015/01/12(Mon) 15:43 | URL  | tom66 #-[ 編集]
ありがとうございます
tom66さん、読んでくれて有難うございます。
嘘を書くのも難しいものだと思っています。
書いているう内にだんだん本当に近づいてしまいます。
それでも楽しみながら1ヶ月2回くらいのペースで更新するつもりです。
2015/01/12(Mon) 18:56 | URL  | PP #kEawCMz.[ 編集]
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