朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
「2008写真道展」に行ってきた。札幌シニアネットの方々が撮った作品もたくさん展示されていた。 確認したいことがあったので受付に行く。

「展示されている作品は、この写真集に全部載っていますか?」
「一つ残らず載っていますよ」
「そうですか。1冊ください」
「出展されているのですか?」

近くにある写真を指差して「はい、あそこにあるでしょ…」。
そこには第一部一席に選ばれた作品「遠くに見えるもの…」が展示されていた。
「あれですか?……あれは…」

それは私の所属するシニアネットの方の作品である。わが事のように喜んでいたので、つい「あそこにあるでしょ…」といってしまったのだ。
「いえ、違います」。少々うろたえて出た言葉が「友人の友人の作品でして…」。

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友人の友人の作品は、一席文部科学大臣賞に輝いた。

この言葉とても便利ですね。「私の友人の友人がアルカイダでして…」と、発言した鳩山法相に感謝。この表現がないと難しいことがたくさんある。組織内の話をしても説明にならない。聞いている人も困るだろう。

結局、あいまいな「友人の友人」という言葉が、よそ様にとっては一番分かり易いのではないか。 使う方にとってもこんな便利な言葉はない。

例えば、
「友人の友人が医者でして」
「いい先生を紹介してくれないか?」
「友人に頼んでみましょう。 友人が友人の友人に頼んでくれるでしょう」。限りなくあいまいなこと、許されている。

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