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朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
イージス艦と漁船の衝突事故から2ヶ月たとうとしている。 世間ではもう忘れられているようだ。 事故直後あれほど騒がれたのが嘘のようだ。

新聞などで連日、あたかも原因を突き止めたかのように書いていた。イージス艦が「海上衝突予防法」に違反したのが衝突の原因。見張りが悪い、レーダー員は何をしていたか、当直士官の判断ミスなど…。

しかし、事実は当局発表、あるいはリークを垂れ流しただけと思う。 報道の一つひとつは「当局発表として事実」かもしれないが、情報の受手は「事故原因は分かった」と誤解してしまう。

2ヶ月たって、ようやく、原因の一部が明らかになろうとしている。 報道によれば海難審判が「衝突防止に向けた乗組員の安全指導体制の不備」など海上自衛隊の組織的責任に言及した。 叉、清徳丸の衝突回避処置不十分の可能性も浮上してきた。

一方、海上保安庁では4月16日午後事故現場周辺で、イージス艦を実際に航行させて事故状況を再現する検証を実施した。 再現には清徳丸や僚船に見立てた漁船なども航行させた。

新聞の論調も、捜査から調査優先に転換を促すなど、冷静になっている。 イージス艦の例で言えば当直員らの危機意識を散漫にしていた組織の背景要因の解明こそ焦点と断じている。

「高度技術社会における事故は、表面的には現場のスタッフのミスが原因のように見えても、ミスを誘発したり、ミスが事故に直結するのを防げなかった組織的要因のほうが再発防止には重要な場合が圧倒的に多い」北海道新聞4月14日柳田邦男の論文より抜粋。

これは、ある意味で冤罪と似たところがある。 例えば、イージス艦の当直員を犯人にしてしまうと、真犯人である「組織」は、お咎めなしで生き残ってしまう。 これでは事故原因の究明はできないし、再発防止など不可能になってしまう。

イージス艦の見張員が責任を感じて自殺をしようとした。幸い一命を取り留めたものの、私には他人事と思えない。

もし私が、その見張員だったら、同じことをするかも知れない。組織の中では末端の人間は歯車のようなもので、極端に言えば「しっかり仕事をする自由」もない。  

漁船のお二人が、犠牲(行方不明)になったことを考えると、不謹慎な発言かもしれない。 しかし、自殺未遂の見張員も別の意味で犠牲者に思える。いつの世でも「犠牲になるのは下積みの者ばかり」でいいのだろうか。

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