朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
2008年3月25日の新聞記事によると「漁船と衝突事故を起こしたイージス艦で衝突時の当直員だった乗組員が自殺を図ったが、命に別状はない」ことが明らかになった。

命に別状はないと聞いてホッとした。こんなことで責任感の強い若い隊員を失うとしたら、とても残念なことである。 別な機会に書きたいと思うが、もともと一人の当直員の不注意でイージス艦が衝突するなどと言う事はありえないことと思う。

事故後のマスコミ報道では見張員が、レーダー員が、当直士官が等、犯人探しの報道には目に余るものがあった。しかし、海のことをよく知っている人はマスコミ報道とは一線を画していた。

このブログでも「イージス艦事故」の記事を書き、海に詳しい人2名様からもコメントを頂いた。内容は「犯人探しは原因究明の妨げになり、再発防止を不可能にする」「マスコミ報道は一方的で偏っている。叉、現場(海)を理解していない」等である。

私自身もほぼ、同様の印象をもっていたので、ブログで書いた記事の内容も「魚でホームレスを援助している『魚のお兄ちゃん』が可哀想。助かってほしい」「海上自衛隊の隠蔽体質批判」の2点を書き、直接の原因等には一切触れなかった。

両方とも事実と考えたからである。 新聞などには原因等のついて、その都度報道されていたが、仕事とは辛いものだと思った。 読者が興味を持つことなら知らないことでも、何とか書かなければならない。推測や憶測がかなり含まれていた。

事後処置としては再発防止が一番大切である。その為には原因究明が最重要であり、原因究明のためには、匿名性、免責性を保証した「事故調査」が重要である。新聞がそんな基本的なことを理解していないとは考えられない。

しかし、これらの報道姿勢は何故だろうと考えてみた。やはり、この問題でも広告主と読者への迎合としか考えられない。赤字では事業として成り立たない。事業を続けて行くためには広告も必要だし、購読者は必須である。 

私はまだ、新聞に希望を託している。 読者が堅くなれば、元々新聞は堅いのだから、本来の姿になると思っている。

気の毒なのは乗組員だ。もともと艦は組織で動かすものなので、個人のせいにされても、個人が苦しむだけ。 原因の究明にもならないし、そんなことが再発防止に繋がるとは思えない。 ここからは、私の想像に過ぎないが、想像を含めないないと何も書けないのでご容赦願いたい。

見張員は「一人の見張員の不注意は艦隊を全滅させる」と厳しく教育されている。だから、「自分の不注意で犠牲者をだしてしまった」と自分を責める。しかし事実は違う。「1人の不注意で全滅をする」ような艦隊はつくってはならない。

その為に、組織があり、マニュアルがある。もう一つ重要なのがモラル・士気だが、これも組織が生むもので上層部のモラルが特に重要である。口先で強要しても意味がない。上層部のそれぞれが態度で示す必要がある。

見張員の仕事は「見つけたものを当直士官に知らせればよい」と新聞には書いてある。一方「当直士官は各部署から受けた情報を元に判断して命令を下す」とも書いてある。 書けば簡単だが、現実難しい。情報過多になれば頭脳がパンクする。 

無意味な情報は報告されない方がいい。少なくとも当直士官にとっては迷惑だ。 実際は無意味かどうかの判断が難しい。 当然、何でも報告する見張員は「ばか者扱い」される。 優秀な見張員とは「対象を評価して必要な情報だけをタイムリーに当直士官に報告する者」ということになる。 

しかし、新聞には見張員は評価などしないで見たとおり報告するものだ。と書いてある。これは机上の空論、想像力を少し働かせれば分かること。見たとおり何でも報告されたら、当直士官はたまったものではない。人間1人で対応するのは物理的にも不可能だ。

以上は、想像だが、どんな職場でも、同じような状況はある。 評価・判断しないで何でも報告する部下に対する上司の評価は厳しい。 自分の経験とイージス艦事故と結びつけてしまったが、まるで違う世界なので、無理があるかもしれない。 

以上は事故をきっかけに考えたこと、現実のイージス艦衝突事故とは何の関係もない。 新聞記事を読んで思いついた一般的なことである。

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