およそ6年前、現住所に転居したころは体調が最悪でだった。とにかくあちこち痛い。整形外科に行っても埒が明かないので、マッサージ治療を受けることにした。 担当のマッサージ師は目の不自由な若い女性で、S先生と呼ばれていた。マッサージの腕は確かだが、とにかく よく喋り よく笑う。「暗いね~。あんた暗いね~」と言いながら笑うのである。
S先生はマッサージをしながら、耳だけを傾けてくれそうな気がして、とても話しやすい。それに、私のことを水も滴るいい男と思ってくれるかも知れない。なんたって、頭と顔のマッサージはないのだから。目が不自由な先生から「暗いね~」と言われては、立場がないが、どんな風に言われるか、例を挙げてみよう。
「喧嘩したのね。 それで、どうしたの?」とS先生。
「自分の部屋に入って鍵をかけたんです」と私。
「奥さんから逃げたわけね」
「妻は攻めて来たりしません。 ただ、中で何をやっているのか見られたくなかったのです」
「見られたくないって、何をさ?」
と問われ、ちょっと答えを躊躇した。患者は私一人だが、院長先生も、受付もいる。 彼らには聞かれたくない。 それで、小さな声でボゾボソと答えると。
「えっえ~!パソコンで奥さんの悪口書いているって~! あんた暗いね~。ホントに暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」
私の名案もS先生に豪快に笑い飛ばされてしまった。 声がでかすぎる、これを聞いた受付の若い子は一体どう思っただろうか。 気になって仕方がない。 なんて明るい人だ。
私自身は高齢になったにも関わらず、今の方が明るい気持ちで日々暮らしている。性格は変わってないのだから、人の気持ちが明るくなるも、暗くなるも、周りの人の気持ち次第だと思う。S先生は目が不自由だが、家族とか友人の影響を受けて明るい性格に育ったのだと思う。
私は家の中を修羅場にしたくはない。自分が我慢すればすむ事なら、なんとか穏便にすましたい。 分からず屋と喧嘩するかわりに、自室にこもって、パソコンに悪口を書くことが、そんなに暗いだろうか。名案と思った、この対応をS先生に「暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」と笑い飛ばされてしまった。
どこの世界でも意見の対立はあるものだが、順序立てて説明し、二三の裏づけになる証明さえすれば、少なくとも、そのことについては納得してもらえるものである。大抵の場合は「君の言うことは分かる。しかし、......」ということになる。しかし、妻の場合は全く違う。「それは違う。 悪いのはあんた」の一点張り。何回も説明して、例を挙げて証明してみせても同じことである。
「男は外に出れば7人の敵がいる」と よく言われるが、家の中にこんな強敵がいるとは、夢にも思わなかった。 うかつにも、退職して家にいて初めて気が付いたことである。二人っきりの喧嘩は仲裁が入らないので、限りなく続く。 私は「説明と証明」。 一方、妻は「あんたが悪い」の一点張り。両者のエネルギー消費量を考えれば勝敗の帰趨は明らかである。
「苛められて悩んでいるときはパソコンに語しかけると、答えを出してくれるんですよ」と私。
「暗いね~。パソちゃんは何て言ってたの?」
「奥さんは良い人だけど、相手の身になって考えることが出来ないんだ。 と言ってました」
「正直なのね」
「そういえば......、嘘つかないですよ。 約束は守るし、時間も正確。 それから......」
いつの間にか妻の良い点ばかりを話し続けていた。
「だいぶ明るくなったじゃない。 嬉しそうな顔して」
「えっ! 見えるんですか」
「見えますよ。はっきりと......。 奥さんの勝ち誇った顔が」
S先生はマッサージをしながら、耳だけを傾けてくれそうな気がして、とても話しやすい。それに、私のことを水も滴るいい男と思ってくれるかも知れない。なんたって、頭と顔のマッサージはないのだから。目が不自由な先生から「暗いね~」と言われては、立場がないが、どんな風に言われるか、例を挙げてみよう。
「喧嘩したのね。 それで、どうしたの?」とS先生。
「自分の部屋に入って鍵をかけたんです」と私。
「奥さんから逃げたわけね」
「妻は攻めて来たりしません。 ただ、中で何をやっているのか見られたくなかったのです」
「見られたくないって、何をさ?」
と問われ、ちょっと答えを躊躇した。患者は私一人だが、院長先生も、受付もいる。 彼らには聞かれたくない。 それで、小さな声でボゾボソと答えると。
「えっえ~!パソコンで奥さんの悪口書いているって~! あんた暗いね~。ホントに暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」
私の名案もS先生に豪快に笑い飛ばされてしまった。 声がでかすぎる、これを聞いた受付の若い子は一体どう思っただろうか。 気になって仕方がない。 なんて明るい人だ。
私自身は高齢になったにも関わらず、今の方が明るい気持ちで日々暮らしている。性格は変わってないのだから、人の気持ちが明るくなるも、暗くなるも、周りの人の気持ち次第だと思う。S先生は目が不自由だが、家族とか友人の影響を受けて明るい性格に育ったのだと思う。
私は家の中を修羅場にしたくはない。自分が我慢すればすむ事なら、なんとか穏便にすましたい。 分からず屋と喧嘩するかわりに、自室にこもって、パソコンに悪口を書くことが、そんなに暗いだろうか。名案と思った、この対応をS先生に「暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」と笑い飛ばされてしまった。
どこの世界でも意見の対立はあるものだが、順序立てて説明し、二三の裏づけになる証明さえすれば、少なくとも、そのことについては納得してもらえるものである。大抵の場合は「君の言うことは分かる。しかし、......」ということになる。しかし、妻の場合は全く違う。「それは違う。 悪いのはあんた」の一点張り。何回も説明して、例を挙げて証明してみせても同じことである。
「男は外に出れば7人の敵がいる」と よく言われるが、家の中にこんな強敵がいるとは、夢にも思わなかった。 うかつにも、退職して家にいて初めて気が付いたことである。二人っきりの喧嘩は仲裁が入らないので、限りなく続く。 私は「説明と証明」。 一方、妻は「あんたが悪い」の一点張り。両者のエネルギー消費量を考えれば勝敗の帰趨は明らかである。
「苛められて悩んでいるときはパソコンに語しかけると、答えを出してくれるんですよ」と私。
「暗いね~。パソちゃんは何て言ってたの?」
「奥さんは良い人だけど、相手の身になって考えることが出来ないんだ。 と言ってました」
「正直なのね」
「そういえば......、嘘つかないですよ。 約束は守るし、時間も正確。 それから......」
いつの間にか妻の良い点ばかりを話し続けていた。
「だいぶ明るくなったじゃない。 嬉しそうな顔して」
「えっ! 見えるんですか」
「見えますよ。はっきりと......。 奥さんの勝ち誇った顔が」
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