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朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
「お前の自慢話なんか読みたくないんだよ」
と、長い付き合いの先輩は遠慮なく言った。
「なんのことでしょう?」
かけがえのない友人だがら誤解があれば解いておきたい。
「テレビに出たとか新聞に書かれたとか書いたろう」
「ああ、あれですか…。あの頃はバカだったと言ったつもりです」
「可哀想なヤツと思うから読んでやっているんだよ」

そう言えば昔から対等の友人ではなかった。良く言えば私の保護者。悪く言えばいろいろあるが止めて置こう。長く付き合ってくれただけでも有難い。しかも、たった一人の古い友人だ。

ところでQPのことだが、外出時の挨拶で今までと変わったことがある。
「散歩に行って来ます」と言うと、
「オシッコしたかい」と必ず聞くのだ。
「しましたよ」と、答えるが実際にはしていない。

これには深い訳がある。高齢になるとトイレが近くなるので出来るだけ我慢する。例えば寝る前とか外出前とかの理由では行かないことにした。必ず限界に達してから行く。中島公園には沢山のトイレがあるので予め行く必要はないのだ。

中島公園のサイトを開設しているが、「札幌まつり」のページに限ると、祭りの三日間はアクセスが普段の百倍以上になる。だからお祭り初日の6月14日は朝から晩まで写真を撮りサイトを更新する。又、先輩に自慢するなと叱られそうだが、これを書かなければ何故重大なミスを犯したかの説明がつかないのだ。

逆に言うと普段のアクセスは祭りの日の百分の一もないのだ。そんなときに更新を重ねても見る人は殆どいない。だから祭り初日は朝昼晩と撮影に行き、その合間にサイトの更新を重ねることになる。当然QPの機嫌は悪い。

「散歩に行って来ます」
私が散歩と言えば中島公園と決まっている。恥ずかしくて取材とは言えない。
「又かい。何度行けば気が済むの。オシッコしたのかい」
「はい、大丈夫です」

「大事件」の序章はこのようにして始まった。しかし終わりは酷かった。夜の祭りはラッシュアワーのホームのような雑踏だ。駅と違って皆ゆっくり歩いている。これでは全体を見ることも出来ないし、混雑の中では写真も撮れない。

露店の裏側を通り、要所で園路に出ることを繰り返えす。書けば簡単だが雑踏から離れてもいけないし近づき過ぎてもいけない。「正解のない人ごみ探検」には知恵も度胸も必要で、とてもじゃないけれどトイレの心配などしていられない。

忙しくしていても尿意は突然込み上げてくる。売店近くの公衆トイレに目をやると行列ができていた。ここは人通りが多いからダメだ。近くに仮設トイレがあったが好きではないのでパスした。通り道にホテルがあるから敢えて行く必要もない。しかしホテルの前にくるとドアマンに気持ちが見透かされているような気がして躊躇した。

豊水通に殆ど使われていないトイレがあるじゃないか。あすこならいくら祭りでも空いているだろう。行ってビックリそこにも行列ができていた。皮肉にも中島公園についての豊富な知識が行動の妨げになっていた。いつまでたっても、まだ他にもあると思ってしまうのだ。まさに「まだはもうなり」状態に陥ってしまったのである。

土壇場になって家に急いで帰る決心をした。祭りの雑踏も考えずに急げば間に合うと根拠もなく思い込んだのだ。実はもっと大切なことを忘れていた。夜の暗闇なら直ぐ近くに、人が近づかない林がある。その辺りは熟知していたはずなのに、すっかり忘れていた。と、言うよりも緊急性を感じていなかったのだ。その時までは……。

家から3分くらいの中洲橋を越えたころ凄くしたくなった。家まで100mくらいになったら堪らず走りだした。マンションのオートロックを開けるため鍵を回そうとしても焦って上手く回らない。3回目にやっと開錠に成功、エレベーターに向かって突進。あれれ! 5階で止まっている。我家は4階だからエレベーターに乗るか駆け上がるか迷ってしまった。一秒を争う時にとんでもない時間の浪費だ。

エレベーター内でちびったような気がした。ドアを開けて玄関を開けると気が緩んだのか、タラタラタラと温かいものが降りていく感じがした。風船のように膨らんでいた緊張が、一挙に破裂した。温もりが足元まで伝わって行くのが心地よい。全てが終わったような気がした。命を失う瞬間はこんな風に気持ちが好いのかも知れない。

いつまでも幸せ気分に浸ることは出来ない。後始末はかなり大変だ。ズボンから靴下までの全てが洗濯の対象となる。風呂場に行って身も服もシャワーを浴びて、洗濯に使うためのバケツを探していたらQPが来た。夜の8時台はテレビを見ているはずなのに何故だろう。目論見が外れてガッカリした。落ち着いてから「汚れたから洗濯しました」と、何気なく言うつもりだった。

「アンタ! 漏らしたでしょう。玄関がずぶ濡れだよ」
と凄い剣幕だ。漏らしてずぶ濡れとは随分大げさで嫌味だなと思った。仕方がないから見に行った。玄関はともかく靴が濡れている。仕事がまた増えた。

「やることがいっぱいあるから順番にやりますね。テレビでも見ていて下さい」
「エレベーターが汚れていたらどうするの」
何故か手に雑巾持ってウロウロしている。頼んだ覚えはないのに。

「エレベーターは見てきますからテレビを見ていて下さい」
QPは好きなドラマを見れなくてイライラしているらしい。なぜ見ないのだろう。やってもらうことは何もない。とても忙しいのにエレベーター点検という不必要な仕事まで押し付けられた。まったくうんざりだ。

何が楽しくて騒ぎ立てるのだろうか。ドラマを見終った頃には清潔な我が家に戻り、身支度を整えた私がいるだけである。変わったところは風呂場に洗濯ものが並んで干してあるだけではないか。

なんで小さな出来事を「大事件」にしたがるのだろう。しかも手に雑巾まで持って参加したがっている。QPにとっては起こりえないことが起こったのかも知れない。それと、もう一つ肝心なことがある。

それは1年前の「小事件」のこと。そのときは気づいていながらテレビドラマを優先した。しかし、QPの心の中では終わったら文句を言ってやろうと思っていたに違いない。しかしドラマを見ている内に忘れてしまった。それなのに私が粗相の後始末のために内緒で洗濯をしていたことだけは覚えていた。つまり、文句を言い残したことが悔しくて2年分を纏めて言ったのだ。

去年言い忘れた小言を何時か言ってやろうと心に決めていたのだ。それが証拠に、外出の挨拶が「いっといで」から「オシッコしたかい」に代わっていたではないか。なんとも執念深いことである。

「大事件とは大げさだな。看板に偽りありだ」と、相変わらず先輩は厳しい。
「そうですね。QPが大げさに騒ぐもんだから、つい……」
「そんなことではない」
「と、申しますと?」
「漏らしたのも小。ジャージャー流したのも小。大がないじゃないか」

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