少し古い話だが、あるブログに「北島と高速水着」という記事があった。その中に「ふんどしのみ強制着用を申請する」と書いてあったのでもろ手を挙げて賛成した。
「ふんどし」の話題は冗談半分のようだったが、真剣に答えてしまった。なぜなら古代オリンピックは素っ裸で競技をしたという話を聞いたことがあるからだ。真偽のほどは分からないが、競技を公正に行うためには必要なことと容易に理解できる。
もう一つの理由は、私自身が「ふんどし世代」で抵抗感が全くないことだ。そればかりでなく、懐かしささえ感じている。 8歳から18歳の10年間は泳ぐときは必ずふんどしだった。 今のことは知らないが、学習院の水泳授業もふんどしだったと思う。雑誌に皇太子殿下のふんどし姿を見たと記憶している。
そもそも、いい水着を着たほうが速い記録をだせるというのは 不公平。ふんどし型なら、いくら新しい水着を開発しても 、ある程度の実力を反映できると思う。あのスッポリ着るタイプは、開発競争に入ったら きりがない。記録を金で買うようなものだ。
080620
「ふんどし」の話題は冗談半分のようだったが、真剣に答えてしまった。なぜなら古代オリンピックは素っ裸で競技をしたという話を聞いたことがあるからだ。真偽のほどは分からないが、競技を公正に行うためには必要なことと容易に理解できる。
もう一つの理由は、私自身が「ふんどし世代」で抵抗感が全くないことだ。そればかりでなく、懐かしささえ感じている。 8歳から18歳の10年間は泳ぐときは必ずふんどしだった。 今のことは知らないが、学習院の水泳授業もふんどしだったと思う。雑誌に皇太子殿下のふんどし姿を見たと記憶している。
そもそも、いい水着を着たほうが速い記録をだせるというのは 不公平。ふんどし型なら、いくら新しい水着を開発しても 、ある程度の実力を反映できると思う。あのスッポリ着るタイプは、開発競争に入ったら きりがない。記録を金で買うようなものだ。
080620
このお化けの役目は、脅かして出口に誘導することらしい。と言うのは、外から見ていると走りながら逃げるようにして出てくる子どもや女子が多い。
当然、私は玄関から出るようにごく普通に落ち着いた姿で出てしまったが、外から見ていると、かなり間抜けに見えたかもしれない。
子どもも高校生も楽しむだけ楽しんで、自分が出たくなったときに、お化けに追われるようにして外に出でる。心理学を応用した素晴らしいシステムだ。
子ども入場料400円払っても顧客満足度100%。これに勝る商売はないと思う。ちなみに制服を着た高校生も子供並みで200円割り引の400円である。
「お化け屋敷、すごく面白かったですよ~。一緒に行けばよかったのに」
「そりゃ、好かったね。おれは別にいいよ」
「お化けが脅かすんですよ。コウフンしましたよー。逃げ回ったりして」
「そりゃ大変だ。よくぞご無事で…」
「大変な騒ぎです。こわ~い、とか言って抱きつかれてしまいました」
「誰に?」
「いいじゃないですか、そんな細かいことは」
「なんだ、お前の空想か」
「仮想現実です」
当然、私は玄関から出るようにごく普通に落ち着いた姿で出てしまったが、外から見ていると、かなり間抜けに見えたかもしれない。
子どもも高校生も楽しむだけ楽しんで、自分が出たくなったときに、お化けに追われるようにして外に出でる。心理学を応用した素晴らしいシステムだ。
子ども入場料400円払っても顧客満足度100%。これに勝る商売はないと思う。ちなみに制服を着た高校生も子供並みで200円割り引の400円である。
「お化け屋敷、すごく面白かったですよ~。一緒に行けばよかったのに」
「そりゃ、好かったね。おれは別にいいよ」
「お化けが脅かすんですよ。コウフンしましたよー。逃げ回ったりして」
「そりゃ大変だ。よくぞご無事で…」
「大変な騒ぎです。こわ~い、とか言って抱きつかれてしまいました」
「誰に?」
「いいじゃないですか、そんな細かいことは」
「なんだ、お前の空想か」
「仮想現実です」
外から入って来た人にとってテントの中は真っ暗だ。まだ目が暗闇になれていないのだから、お化けと間違えるのも無理もない。しかし、恥ずかしい。
お化け屋敷の経路の概略は次のようになっている。
入口 → 暗闇通路 → 明るい外通路 → 暗闇通路 →
→明るい外通路 → 暗闇通路 → 出口
明るい外通路はショウウインドウのようなものだ。大勢の見物人が見ている前を通るのは、何となく恥ずかしい。最初の外通路を出口と勘違いしたが、お化け屋敷はこれからが本番。再び暗闇に入ると、人間が仮装したお化けの登場だ。 怖いもの見たさの期待が次第に高まってくる。
女子高校生グループが、二人のお化けに驚かされてキャーキャー逃げ回る。次は小学生グループ。みんな逃げ回っているが楽しそうだ。 いよいよ私の番だ。期待で胸が膨らむ。しかし、お化けに近づいても、じっと立ったままだ。さらに近づいてもそのまま。「驚かさないのですか?」と聞くと、右手を左右に振ってニヤニヤしている。なんという態度だ。仮面を被っていてもニヤニヤしているのは分かる。 お化けに無視されて淋しい思いをした。
これからしばらくはお化け屋敷の山場、お化けに追いつ追われつ、一番楽しい場面になるのだが、私だけは一人で散歩だ。 公園の散歩となんも変わらない。電気がピカピカとか蛍光塗料の絵や、おどろおどろしい模様は見えるが、それだけでは面白くない。 お化けに追いかけられてキャーキャー逃げ回って、初めて満足するお化け屋敷なのだ。
お化けにも相手にされずトボトボ歩いていると、前とは違う「外通路」にでた。 ここは入口の右側にあり、目の前には見物人がいっぱいいて、こちらを見ている。とても恥ずかしい。二度とこんな場所には来たくない。再び暗闇に入って歩くと、またさっきの「外通路」にでてしまった。相変わらずたくさんの見物人がいる。 呼び込みのおばちゃんの声が聞こえる。
「すごい騒ぎが起こっています。 このお化け屋敷の中で…。 ちょっと、そこは通路じゃないよ。そこの社長さん! さらし首になっちゃうよ」
言われなくても分かっている。もう十分さらし者になっている。 一体どうしたら、この迷路から出ることが出来るのだ。 ふと見ると「迷いの道」と書いてある。いい歳をして、何回も出たり入ったりしたら恥ずかしい。 しかし、実際にそのような状況に陥ってしまったのだ。仕方がないからお化けに聞いた。「出口どちらですか?」 黙って指を指した。お化けは口を利いてはいけないらしい。
お化け屋敷の経路の概略は次のようになっている。
入口 → 暗闇通路 → 明るい外通路 → 暗闇通路 →
→明るい外通路 → 暗闇通路 → 出口
明るい外通路はショウウインドウのようなものだ。大勢の見物人が見ている前を通るのは、何となく恥ずかしい。最初の外通路を出口と勘違いしたが、お化け屋敷はこれからが本番。再び暗闇に入ると、人間が仮装したお化けの登場だ。 怖いもの見たさの期待が次第に高まってくる。
女子高校生グループが、二人のお化けに驚かされてキャーキャー逃げ回る。次は小学生グループ。みんな逃げ回っているが楽しそうだ。 いよいよ私の番だ。期待で胸が膨らむ。しかし、お化けに近づいても、じっと立ったままだ。さらに近づいてもそのまま。「驚かさないのですか?」と聞くと、右手を左右に振ってニヤニヤしている。なんという態度だ。仮面を被っていてもニヤニヤしているのは分かる。 お化けに無視されて淋しい思いをした。
これからしばらくはお化け屋敷の山場、お化けに追いつ追われつ、一番楽しい場面になるのだが、私だけは一人で散歩だ。 公園の散歩となんも変わらない。電気がピカピカとか蛍光塗料の絵や、おどろおどろしい模様は見えるが、それだけでは面白くない。 お化けに追いかけられてキャーキャー逃げ回って、初めて満足するお化け屋敷なのだ。
お化けにも相手にされずトボトボ歩いていると、前とは違う「外通路」にでた。 ここは入口の右側にあり、目の前には見物人がいっぱいいて、こちらを見ている。とても恥ずかしい。二度とこんな場所には来たくない。再び暗闇に入って歩くと、またさっきの「外通路」にでてしまった。相変わらずたくさんの見物人がいる。 呼び込みのおばちゃんの声が聞こえる。
「すごい騒ぎが起こっています。 このお化け屋敷の中で…。 ちょっと、そこは通路じゃないよ。そこの社長さん! さらし首になっちゃうよ」
言われなくても分かっている。もう十分さらし者になっている。 一体どうしたら、この迷路から出ることが出来るのだ。 ふと見ると「迷いの道」と書いてある。いい歳をして、何回も出たり入ったりしたら恥ずかしい。 しかし、実際にそのような状況に陥ってしまったのだ。仕方がないからお化けに聞いた。「出口どちらですか?」 黙って指を指した。お化けは口を利いてはいけないらしい。
昔の話だが、「札幌まつりのお化け屋敷」の記事を書いたら、なんとアクセスが1件で千を超えた。 不人気ブログとしてはけた違いの数だ。コメントは低調だが、誰かがクリックしてくれたことだけは間違いない。
お化け屋敷には40年以上行ったことがない。しかし、こうなったら行かなければならない。 一人で行くのは淋しいので友だちを誘ってみた。
「お化け屋敷に行きませんか」
「いい歳をして何を言ってるんだ」
「おごりますよ」
「おっ!珍しいな」
「それでは決まりですね」
「行かないよ」
誰に言っても同じ返事。最後はやはり、妻に頼むしかないのか。
「今度のお化け屋敷はとても面白そうですよ。行ってみませんか。おごりますから」
「いい歳をして恥ずかしくないの!」
誰もが判で押したように「いい歳」と言う。実際、お化け屋敷に入ってみると、若者というよりも子どもに近い者ばかりだ。皆は行きもしないで、なぜ分かるのだろう? 不思議だ。
お化け屋敷と言ってもそれほど大きなテントでもない。それなのに一回りしたら出口になっている。「なんだ これは? ごまかしではないか。金返せ!」
来た道を引き返すことにした。こうなったら何往復でもして徹底的に調べてやろう。 入場料を600円も払ったのだ。2分や3分でお仕舞いではたまらない。
狭くて暗い通路を逆に歩くのは楽ではない。こちらは逆走だから肩身が狭い。壁を背にして遠慮しながらのカニ歩きだ。
しかも、人に当たらないように気を付けて止まったりもする。こんな仕草が誤解を招いたようだ。 「キャーキャー」と叫ばれてしまった。
不本意にも、お化けと間違われてしまったのだ。 白っぽい服を着ていたのがいけなかった。 おしゃ落なハンチングも、お化けのシンボル、三角巾に見えたらしい。
お化け屋敷には40年以上行ったことがない。しかし、こうなったら行かなければならない。 一人で行くのは淋しいので友だちを誘ってみた。
「お化け屋敷に行きませんか」
「いい歳をして何を言ってるんだ」
「おごりますよ」
「おっ!珍しいな」
「それでは決まりですね」
「行かないよ」
誰に言っても同じ返事。最後はやはり、妻に頼むしかないのか。
「今度のお化け屋敷はとても面白そうですよ。行ってみませんか。おごりますから」
「いい歳をして恥ずかしくないの!」
誰もが判で押したように「いい歳」と言う。実際、お化け屋敷に入ってみると、若者というよりも子どもに近い者ばかりだ。皆は行きもしないで、なぜ分かるのだろう? 不思議だ。
お化け屋敷と言ってもそれほど大きなテントでもない。それなのに一回りしたら出口になっている。「なんだ これは? ごまかしではないか。金返せ!」
来た道を引き返すことにした。こうなったら何往復でもして徹底的に調べてやろう。 入場料を600円も払ったのだ。2分や3分でお仕舞いではたまらない。
狭くて暗い通路を逆に歩くのは楽ではない。こちらは逆走だから肩身が狭い。壁を背にして遠慮しながらのカニ歩きだ。
しかも、人に当たらないように気を付けて止まったりもする。こんな仕草が誤解を招いたようだ。 「キャーキャー」と叫ばれてしまった。
不本意にも、お化けと間違われてしまったのだ。 白っぽい服を着ていたのがいけなかった。 おしゃ落なハンチングも、お化けのシンボル、三角巾に見えたらしい。
1.仮想現実と呼込みのおばちゃん
「中島パフェ の中波です。取材にまいりました」
「どうぞこちらへ。これがお化け発生装置です。制御装置はあちらです」
「コンピュータでお化けを作ったり動かしたりできるのですね。素晴らしい!」
「バーチャル・リアリティを応用して、システム化しています」
「なんでしょうか?」
「仮想現実という意味です。実在しないけれど。あるように見える。感じることもできるのです。怖いですよ~」

夢から覚めて現実に戻ると辺りは、なんとも騒がしい。呼び込みのおばちゃんがガラガラ声で叫んでいる。「だれだ だれだ。泣いているのはだれだ。泣いたらお化けが笑っちゃうよ。本物ではないのだから。泣かない泣かない」
お化け屋敷のなかからは「キャーキャー」と叫ぶ声が聞こえるが「ウェーンウェーン」も混ざっている。いかに泣いている子どもの為とはいえ、「本物でない」とまで言いきっていいのだろうか?
今後の営業に差し支えはないのか。親方にしかられてムチで打たれたりしないだろうか。優しい呼び込みのおばちゃんのことが心配だ。
「愉快なお化け、楽しいお化け。お化けではじまり、お化けで終わる。笑う門には福来る」なるほど、これは「お化け屋敷一座」の方針なのだろう。お化けは怖い、これは私の思い込み。世の中は変わり、お化けは愉快で楽しいものになったのだ。それならそれでいい。

「中島パフェ の中波です。取材にまいりました」
「どうぞこちらへ。これがお化け発生装置です。制御装置はあちらです」
「コンピュータでお化けを作ったり動かしたりできるのですね。素晴らしい!」
「バーチャル・リアリティを応用して、システム化しています」
「なんでしょうか?」
「仮想現実という意味です。実在しないけれど。あるように見える。感じることもできるのです。怖いですよ~」

夢から覚めて現実に戻ると辺りは、なんとも騒がしい。呼び込みのおばちゃんがガラガラ声で叫んでいる。「だれだ だれだ。泣いているのはだれだ。泣いたらお化けが笑っちゃうよ。本物ではないのだから。泣かない泣かない」
お化け屋敷のなかからは「キャーキャー」と叫ぶ声が聞こえるが「ウェーンウェーン」も混ざっている。いかに泣いている子どもの為とはいえ、「本物でない」とまで言いきっていいのだろうか?
今後の営業に差し支えはないのか。親方にしかられてムチで打たれたりしないだろうか。優しい呼び込みのおばちゃんのことが心配だ。
「愉快なお化け、楽しいお化け。お化けではじまり、お化けで終わる。笑う門には福来る」なるほど、これは「お化け屋敷一座」の方針なのだろう。お化けは怖い、これは私の思い込み。世の中は変わり、お化けは愉快で楽しいものになったのだ。それならそれでいい。

カラオケボックスに迷い込んだ一匹のハエの為に、危うく別れ別れで帰ることになるところだった。私はトボトボ歩いて、Aさんは車で、左と右に泣き別れ。ひょっとしたら永遠の別れになったかもしれない。お互い先は短いのにね。
「なにも殺さなくていいのに、拾って外に出せばすむことでしょう」
「なに言ってんのよ。手が汚れるじゃない」
「靴がよごれましたね。25万円の靴が泣いてますよ」
それは足を折って入院したときに、おねえさんからもらった100万円の見舞金で買った、Aさん自慢の靴である。
毎月開かれるカラオケ会の出だしは惨憺たるものだったが、ようやく始まり私の番が来た。腹に一物あって選んだ曲が「あじさいの雨」。
「弱いからだに~ かさねた無理を~♪」
と歌いだすと、とたんにAさんが横やりを入れた。
「弱い女がそんなに好きかい!」言い方にトゲがあるから冗談には聞こえない。
次の歌詞を聞かせたいのだ。今のAさんにピッタリではないか。
「かくしていたのか 濃いめの化粧~♪」
奇麗と思っていたが、ハエの一件の後ではそのようにしか見えない。感情の変化で同じ顔が違って見えるから不思議だ。
「強い女は嫌いかい!」
少しは静かにしてほしい。ハエを一匹殺したくらいでそんなに強がることはない。バカらしい。私は熱唱中だから、口答えもできやしない。
「いくども色を 変えながら 枯れて淋しく 散ってゆく~♪」 どうだ、まいったか。と心の中で叫んだ。私だって皮肉の一つも言ってやりたい。直接は言えないから、精一杯感情を込めて歌ってやった。
カラオケ店は家からバスで30分くらいだが、帰りはAさんが最寄の地下鉄駅まで送ってくれるいつもなら「乗って行かない」と声をかけてくれるのだが、今日は違う。 ハエの一件が尾を引いているようだ。
「バス何時?」とAさん。
「まだ42分ありますね」
そばにいたBさんが口を出す。
「歩いて行けばいいじゃない。真っすぐ行けば豊平川。後は簡単よ」。確かに道順は簡単だが、1時間以上もかかりそうだ。
今日はバスで帰るつもりだったが、Bさんに歩けと言われて気が変わった。
「乗せてくれない」と、Aさんに頼んだ。
意外にもこころよく乗せてくれた。車の中でAさんがいった。
「歩くの嫌なの?」
「嫌じゃないけど、お名残惜しいでしょ」
「そう。私もお茶でも飲もうかと思ったのよ」
それで、バスの時刻を聞いていたのだと分かって、ホッとした。
「ハエをぶっつぶせ」と怒ったのは本気だ。だから、それを引きずって帰りたくなかったのだと思う。長い付き合いだが、言葉だけでもお茶に誘われたのは初めてだ。Aさんは決して謝らない。その代わり命令を下す。「いろいろありましたが、丸ごとひっくるめて付き合ってください」と、メールが届いていた。
080608
「なにも殺さなくていいのに、拾って外に出せばすむことでしょう」
「なに言ってんのよ。手が汚れるじゃない」
「靴がよごれましたね。25万円の靴が泣いてますよ」
それは足を折って入院したときに、おねえさんからもらった100万円の見舞金で買った、Aさん自慢の靴である。
毎月開かれるカラオケ会の出だしは惨憺たるものだったが、ようやく始まり私の番が来た。腹に一物あって選んだ曲が「あじさいの雨」。
「弱いからだに~ かさねた無理を~♪」
と歌いだすと、とたんにAさんが横やりを入れた。
「弱い女がそんなに好きかい!」言い方にトゲがあるから冗談には聞こえない。
次の歌詞を聞かせたいのだ。今のAさんにピッタリではないか。
「かくしていたのか 濃いめの化粧~♪」
奇麗と思っていたが、ハエの一件の後ではそのようにしか見えない。感情の変化で同じ顔が違って見えるから不思議だ。
「強い女は嫌いかい!」
少しは静かにしてほしい。ハエを一匹殺したくらいでそんなに強がることはない。バカらしい。私は熱唱中だから、口答えもできやしない。
「いくども色を 変えながら 枯れて淋しく 散ってゆく~♪」 どうだ、まいったか。と心の中で叫んだ。私だって皮肉の一つも言ってやりたい。直接は言えないから、精一杯感情を込めて歌ってやった。
カラオケ店は家からバスで30分くらいだが、帰りはAさんが最寄の地下鉄駅まで送ってくれるいつもなら「乗って行かない」と声をかけてくれるのだが、今日は違う。 ハエの一件が尾を引いているようだ。
「バス何時?」とAさん。
「まだ42分ありますね」
そばにいたBさんが口を出す。
「歩いて行けばいいじゃない。真っすぐ行けば豊平川。後は簡単よ」。確かに道順は簡単だが、1時間以上もかかりそうだ。
今日はバスで帰るつもりだったが、Bさんに歩けと言われて気が変わった。
「乗せてくれない」と、Aさんに頼んだ。
意外にもこころよく乗せてくれた。車の中でAさんがいった。
「歩くの嫌なの?」
「嫌じゃないけど、お名残惜しいでしょ」
「そう。私もお茶でも飲もうかと思ったのよ」
それで、バスの時刻を聞いていたのだと分かって、ホッとした。
「ハエをぶっつぶせ」と怒ったのは本気だ。だから、それを引きずって帰りたくなかったのだと思う。長い付き合いだが、言葉だけでもお茶に誘われたのは初めてだ。Aさんは決して謝らない。その代わり命令を下す。「いろいろありましたが、丸ごとひっくるめて付き合ってください」と、メールが届いていた。
080608
今日は楽しい3人カラオケ。いつもの時間に、いつもの場所で1か月ぶりの再会を楽しみにしていた。しかし、カラオケボックスに入ったトタンに嬉しい気分も吹き飛ぶような「事件」が起こった。原因は1匹の小さなハエ。 あちらこちらに飛んだあげく入口の近くにポッと止まった。 「うるさいな。追い出してやろう」と思ってドアを開け、止まっているハエを帽子であおった。
ハエは開けたドアから出ないで反対方向に飛んで行ってしまった。そのとき「なんでぶっつぶさないのよ」と、険のある声がした。振り向くとAさんが目をつり上げて、私をにらんでいる。今まで見たことがないような怖い顔をしている。こんなことで怒らなくてもいいのにと不快に思った。
わが家では無意味な殺生はしない。虫が入ってくるとティッシュで軽く包んでティッシュごとベランダに棄てる。虫が出て行ったのを見届けてテッシュだけを回収、ゴミ箱に棄てることにしている。
ハエはAさん側の壁に止まった。「そちらに行きましたよ」というと、Aさんは情け容赦がない。その辺にあった紙を丸めて思いっきりたたいた。わずかに外れたが、ハエは床に落ちた。「まだ動いていますよ」というと、「ぶっ殺してやる!」と言いながら思いっきり踏んづけた。
いつも、おしゃれして愛だの恋だの優しさなどを歌っているのに、こんな一面もあったのだ。だから人生は複雑で面白い。いろいろあって好いんだな。
ハエは開けたドアから出ないで反対方向に飛んで行ってしまった。そのとき「なんでぶっつぶさないのよ」と、険のある声がした。振り向くとAさんが目をつり上げて、私をにらんでいる。今まで見たことがないような怖い顔をしている。こんなことで怒らなくてもいいのにと不快に思った。
わが家では無意味な殺生はしない。虫が入ってくるとティッシュで軽く包んでティッシュごとベランダに棄てる。虫が出て行ったのを見届けてテッシュだけを回収、ゴミ箱に棄てることにしている。
ハエはAさん側の壁に止まった。「そちらに行きましたよ」というと、Aさんは情け容赦がない。その辺にあった紙を丸めて思いっきりたたいた。わずかに外れたが、ハエは床に落ちた。「まだ動いていますよ」というと、「ぶっ殺してやる!」と言いながら思いっきり踏んづけた。
いつも、おしゃれして愛だの恋だの優しさなどを歌っているのに、こんな一面もあったのだ。だから人生は複雑で面白い。いろいろあって好いんだな。
1.記者ごっこ
シニアは楽しい、好きなことが出来るからだ。カラオケ、ダンス、マージャンにゴルフと、楽しんでいる人も多い。できれば私も楽しみたいが、それは無理。人には得不得手がある。若いころなら「やればできるから、頑張りなさい」と言われればその気になる。しかし、この歳になると、生まれつきそうなのだから仕方がないとあきらめる。そもそも楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。
そこで私が選んだ遊びは「記者ごっこ」。しかし、しょせんは遊び。自ら進んで取材などはしない。そのかわり、誘われればどこにでも行ってしまう。今日は苦手なカラオケだ。果たしてどうなることやら。
2.ホテルで盛大にカラオケ
ホテルのラウンジに40人くらい集まったが、いつもと違う華やかさがある。特に女性が美しい。同じシニアネットの仲間なのになぜこうも違うのだろうか? 少し考えてみた。原因はパソコンだ。パソコンを背負っていないからお洒落ができるのだ。勉強会の後でも、みんなそろってホテルへランチに行くことがある。重そうなリュックサックを背負った集団を、ホテルマンは何者と見ただろうか。登山でもない。旅行者でもなさそうだ。さては新手の行商人か?
カラオケクラブ例会は新任のO部長の引き語りで始まった。実にうまい。うまいはずだ。往年の人気テレビ番組「ザ・ヒットパレード」でレギュラーとして歌っていた経歴があるのだ。私が担当する地元のラジオ番組「山鼻、あしたもいい天気!」に、Oさんにゲストとして出演をお願いした。放送の前にOさんの歌も、ぜひお聴きしたいとの思いもあって、このカラオケ例会に参加させてもらった。
3.カラオケ部長がラジオで音楽などを語る(予定)
ラジオでの話題は「音楽と写真と中島公園」としたいと思う。Oさんがドン・ホーの歌を4曲くらい選んでくれることになっている。ハワイ公演、テレビ出演などの思い出話なども楽しみにしている。Oさんの得意技は音楽だけではない、写真の腕も素晴らしい。実は、中島公園の写真が2枚も北海道新聞に掲載されたことがあるのだ。国指定重要文化財豊平館と札幌コンサートホール・キタラを撮ったものである。中島公園の話題もあるのではないかと期待している。
4.オンチでもカラオケは楽しい、ただし…
オンチなので歌わないつもりだったが、どなたかの情け深い配慮により歌うことになった。人が歌っているときに口ずさむのを見て、ホントは歌わせてほしいのに遠慮していると思われたようだ。しかし、これは嬉しい思い違い。月に一回下手どうし3人でカラオケに行っている。評価なしで、一人が勝手に歌い、二人がおしゃべりするスタイルだ。しゃべることがなければ口ずさむ。これが癖になっていて出ただけである。
それぞれが下手と自覚しているので、「おじょうず」と言われても困る。わざわざ下手とも言われたくない。ここを直したらもっと良くなると言われても直せない。こんな3人がカラオケを楽しんでいる。
080526
シニアは楽しい、好きなことが出来るからだ。カラオケ、ダンス、マージャンにゴルフと、楽しんでいる人も多い。できれば私も楽しみたいが、それは無理。人には得不得手がある。若いころなら「やればできるから、頑張りなさい」と言われればその気になる。しかし、この歳になると、生まれつきそうなのだから仕方がないとあきらめる。そもそも楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。
そこで私が選んだ遊びは「記者ごっこ」。しかし、しょせんは遊び。自ら進んで取材などはしない。そのかわり、誘われればどこにでも行ってしまう。今日は苦手なカラオケだ。果たしてどうなることやら。
2.ホテルで盛大にカラオケ
ホテルのラウンジに40人くらい集まったが、いつもと違う華やかさがある。特に女性が美しい。同じシニアネットの仲間なのになぜこうも違うのだろうか? 少し考えてみた。原因はパソコンだ。パソコンを背負っていないからお洒落ができるのだ。勉強会の後でも、みんなそろってホテルへランチに行くことがある。重そうなリュックサックを背負った集団を、ホテルマンは何者と見ただろうか。登山でもない。旅行者でもなさそうだ。さては新手の行商人か?
カラオケクラブ例会は新任のO部長の引き語りで始まった。実にうまい。うまいはずだ。往年の人気テレビ番組「ザ・ヒットパレード」でレギュラーとして歌っていた経歴があるのだ。私が担当する地元のラジオ番組「山鼻、あしたもいい天気!」に、Oさんにゲストとして出演をお願いした。放送の前にOさんの歌も、ぜひお聴きしたいとの思いもあって、このカラオケ例会に参加させてもらった。
3.カラオケ部長がラジオで音楽などを語る(予定)
ラジオでの話題は「音楽と写真と中島公園」としたいと思う。Oさんがドン・ホーの歌を4曲くらい選んでくれることになっている。ハワイ公演、テレビ出演などの思い出話なども楽しみにしている。Oさんの得意技は音楽だけではない、写真の腕も素晴らしい。実は、中島公園の写真が2枚も北海道新聞に掲載されたことがあるのだ。国指定重要文化財豊平館と札幌コンサートホール・キタラを撮ったものである。中島公園の話題もあるのではないかと期待している。
4.オンチでもカラオケは楽しい、ただし…
オンチなので歌わないつもりだったが、どなたかの情け深い配慮により歌うことになった。人が歌っているときに口ずさむのを見て、ホントは歌わせてほしいのに遠慮していると思われたようだ。しかし、これは嬉しい思い違い。月に一回下手どうし3人でカラオケに行っている。評価なしで、一人が勝手に歌い、二人がおしゃべりするスタイルだ。しゃべることがなければ口ずさむ。これが癖になっていて出ただけである。
それぞれが下手と自覚しているので、「おじょうず」と言われても困る。わざわざ下手とも言われたくない。ここを直したらもっと良くなると言われても直せない。こんな3人がカラオケを楽しんでいる。
080526

ホワイトロック(札幌シティ・ジャズ)で出合った 素直な若者
ある夏の話だが、「中島公園をジャズの公園に」というイベントが行われた。内外から一流ミュージシャンを呼んで、このテントの中で、音楽を聴いたり食事をしたりして楽しもうという趣向だ。
なんでも国内初の試みだという。先ず、上の写真を見てほしい。「主役」はこの若者である。
「オジサン、おれの写真を撮ったな」
「入っちゃったね~。削除しようか」
「いいよ」
「ホームページ作っているんだ」と言いながら名刺を渡す。
「オジサンは凄いんだな」
若者の素直な反応に、何か後ろめたい気持ちになった。 一瞬 「肩書詐称」という思いが、浮かんでは消えた。名刺には「ラジオなかぱ 番組担当」と麗々しく書いてある。 うそではないが、何か勘違いさせるような内容だ。
一瞬のたじろぎ、一瞬の反省の後に出たのは次の言葉。
「無職だから、いろいろ暇つぶしにやっているんですよ」
「……」
素直じゃないね~。まったく。
2008/5/4
「やっと80歳になれました。とても嬉しいです」
「分かる分かる。半分だけ元気も 楽じゃない。早く枯れたいよね」
「人間として、もっと成長したいのです」
「なにっ! もう遅いから、あきらめろ」
考えてみれば、ずいぶん狭い社会で暮らして来たものだ。いろいろ転勤もしたが、何処に行っても職場中心の暮らしだ。地域住民と馴染むことはほとんどなかった。言われるまでもなく「井の中の蛙」だ。世間のことは何も知らない。このままで一生を終わるのかなと思ったら心細くなった。
「世間を知るとは人を知ること」と思う。先ずは身近なところから始めてみたが…。退職したからと言って、掌返すように「さあ、これからは地域と共に」と言ったところで、上手く行くはずがない。地域の壁は厚かった。
「そりゃそうだよ『井の中の蛙』に出る幕はない。どこにもないよ」
「60歳のラブレターって、ご存知ですか?」
「何んだ急に! 気色悪いぞ。いい年して」
「本になるのですから、本当の気持は書けないでしょうね」
「『私は一生あなたに首ったけ』とか書いてあったな。ホンマかいな」
「もし、私にラブレター来たら、どうしたらいいでしょうか?」
「あんたは、よけいな心配するからハゲるんだぞ」
「しかし、亡くなった方への想いには心打たれるものがありますね」
「うん」
38年間の職業生活で身についたのは我慢だけだった。しかし、退職後の解放感はまだ続いている。毎日が楽しい。退職してからは在職時代の100倍以上笑ったと思う。 新しい友達も沢山できた。客観的には友達未満かも知れないが、何処に行っても笑顔に出会えるのが嬉しい。こんな楽しい経験は生まれて初めてのことである。
喜んでばかりはいられない。まだやり残したことがある。しかし、これだけは誰にも言うことは出来ない。心の深淵をさらけだしても、喜ぶ人はいない。 今までの人生では今が一番充実している。しかし、こう言い切ってしまっていいのだろうか。いかにつまらない人生を歩んできたか、告白するようなものだ。
70歳までは、何でも幅広く吸収したいと思っていた。出来るだけ多くの人たちと接して、自分自身の幅を広げたい。失われた38年間をとり戻してみたかった。
「とり戻して、どうなる」
「普通の人になりたいのですね。みんな普通にふるまって仲良くしているではないですか」
「そう言えばあんたは、どこか無理をしているように見えるな。何か不自然だぞ」
「仮面をつけています。『行って参ります』と言って仮面とつけ、『ただいま』と言って外すのです」
080131
「分かる分かる。半分だけ元気も 楽じゃない。早く枯れたいよね」
「人間として、もっと成長したいのです」
「なにっ! もう遅いから、あきらめろ」
考えてみれば、ずいぶん狭い社会で暮らして来たものだ。いろいろ転勤もしたが、何処に行っても職場中心の暮らしだ。地域住民と馴染むことはほとんどなかった。言われるまでもなく「井の中の蛙」だ。世間のことは何も知らない。このままで一生を終わるのかなと思ったら心細くなった。
「世間を知るとは人を知ること」と思う。先ずは身近なところから始めてみたが…。退職したからと言って、掌返すように「さあ、これからは地域と共に」と言ったところで、上手く行くはずがない。地域の壁は厚かった。
「そりゃそうだよ『井の中の蛙』に出る幕はない。どこにもないよ」
「60歳のラブレターって、ご存知ですか?」
「何んだ急に! 気色悪いぞ。いい年して」
「本になるのですから、本当の気持は書けないでしょうね」
「『私は一生あなたに首ったけ』とか書いてあったな。ホンマかいな」
「もし、私にラブレター来たら、どうしたらいいでしょうか?」
「あんたは、よけいな心配するからハゲるんだぞ」
「しかし、亡くなった方への想いには心打たれるものがありますね」
「うん」
38年間の職業生活で身についたのは我慢だけだった。しかし、退職後の解放感はまだ続いている。毎日が楽しい。退職してからは在職時代の100倍以上笑ったと思う。 新しい友達も沢山できた。客観的には友達未満かも知れないが、何処に行っても笑顔に出会えるのが嬉しい。こんな楽しい経験は生まれて初めてのことである。
喜んでばかりはいられない。まだやり残したことがある。しかし、これだけは誰にも言うことは出来ない。心の深淵をさらけだしても、喜ぶ人はいない。 今までの人生では今が一番充実している。しかし、こう言い切ってしまっていいのだろうか。いかにつまらない人生を歩んできたか、告白するようなものだ。
70歳までは、何でも幅広く吸収したいと思っていた。出来るだけ多くの人たちと接して、自分自身の幅を広げたい。失われた38年間をとり戻してみたかった。
「とり戻して、どうなる」
「普通の人になりたいのですね。みんな普通にふるまって仲良くしているではないですか」
「そう言えばあんたは、どこか無理をしているように見えるな。何か不自然だぞ」
「仮面をつけています。『行って参ります』と言って仮面とつけ、『ただいま』と言って外すのです」
080131
早いもので、同世代の3人でカラオケに行くようになって1年たった。共通点と言えば、カラオケ初心者ということだけだ。1ヶ月に1回、キチンと行っていたが、12月は3人の都合がつかず中止になってしまった。
私達のカラオケは3人で休みなしの3時間だから相当なものだ。身体に染み付かないはずはない。私の身体の中に月に1回、歌いまくるリズムが出来上がってしまった。
「他の人と行けばいいじゃないか。 オレが行ってやろうか」
「実は、事情があって、他人様に私の歌を聴かせるわけには行かないのです」
「なん~だ、オンチか。オレはいいよ。お前の歌なんか聞いてないから」
これには深い訳があるのだが、長くなるので別の機会に譲ろう。ダメで元々と思いながら、D子に声をかけてみると、あっさりとOKした。 もちろん、D子は私の「深い訳」を知っている。全て承知の上のOKだ。何の懸念もない。
「この日がいいね」と言うので、予定表を兼ねているカレンダーの12月7日の欄に「フタカラ」と書き込んだ。 お互いにカレンダーを見ながら、それぞれの予定をたてる習慣になっている。
さて、明日はいよいよ始めての「フタカラ」だなと思って、カレンダーを見ると、「フタカラ」の字に重ねて、二本の線が引いてあることに気が付いた。
「何ですか。この二本線は?」
「さっき、Yさんから電話があって食事に誘われたので、消したの」
「約束破るなら、ひと言いって下さい」
「あら! アンタだって、黙って書くじゃない」
「予定を書き入れるのはいいけれど、消すときはひと言断るのが普通でしょう」
「書くのも、消すのも同じじゃない!」
一度「同じ」と言ったら、いくら説明しても「違う」とは決して言わない。最高裁判所の判決のようなもので、決してひっくり返ることは無い。不本意ながら、黙ってしまった。
「アンタこの人、知ってる。落語家なのよ」
「… … …」
「手が震える病気になったんだって、鳩に豆やろうとして、手のひらに豆のっけたら、手が震えて豆が左右に動くもんだから、鳩が困ってしまったんだって、アハハハハ~」
「… … …」
「面白いね。アハハハハ~」
私が傷ついているのに気が付かない。なんて鈍い人だろう。仕返ししてやろうと思った。私はその落語家の真似をして、手のひらに豆を置いた形で、D子の前に突き出して、手が震える真似をしてやった。
左右に激しく振ってみた。 どうやら反応次第では、ただではすまないと理解したようだ。D子は困った鳩の真似をして、一生懸命首を左右に振った。
「アハハハハ~」
「ワハハハハ~」
こうして、一触即発の状態は直前に回避された。
さて、「ノーベル平和賞」はどっちだ!
「どっちもどっちじゃないか」
「そんなことありません。一人で耐えて来た私が受けるべきでしょう。」
「どっちにしてもオレは悪者。その手はくわないよ」
「手は食わないで、豆だけ食べて下さい」
071222
私達のカラオケは3人で休みなしの3時間だから相当なものだ。身体に染み付かないはずはない。私の身体の中に月に1回、歌いまくるリズムが出来上がってしまった。
「他の人と行けばいいじゃないか。 オレが行ってやろうか」
「実は、事情があって、他人様に私の歌を聴かせるわけには行かないのです」
「なん~だ、オンチか。オレはいいよ。お前の歌なんか聞いてないから」
これには深い訳があるのだが、長くなるので別の機会に譲ろう。ダメで元々と思いながら、D子に声をかけてみると、あっさりとOKした。 もちろん、D子は私の「深い訳」を知っている。全て承知の上のOKだ。何の懸念もない。
「この日がいいね」と言うので、予定表を兼ねているカレンダーの12月7日の欄に「フタカラ」と書き込んだ。 お互いにカレンダーを見ながら、それぞれの予定をたてる習慣になっている。
さて、明日はいよいよ始めての「フタカラ」だなと思って、カレンダーを見ると、「フタカラ」の字に重ねて、二本の線が引いてあることに気が付いた。
「何ですか。この二本線は?」
「さっき、Yさんから電話があって食事に誘われたので、消したの」
「約束破るなら、ひと言いって下さい」
「あら! アンタだって、黙って書くじゃない」
「予定を書き入れるのはいいけれど、消すときはひと言断るのが普通でしょう」
「書くのも、消すのも同じじゃない!」
一度「同じ」と言ったら、いくら説明しても「違う」とは決して言わない。最高裁判所の判決のようなもので、決してひっくり返ることは無い。不本意ながら、黙ってしまった。
「アンタこの人、知ってる。落語家なのよ」
「… … …」
「手が震える病気になったんだって、鳩に豆やろうとして、手のひらに豆のっけたら、手が震えて豆が左右に動くもんだから、鳩が困ってしまったんだって、アハハハハ~」
「… … …」
「面白いね。アハハハハ~」
私が傷ついているのに気が付かない。なんて鈍い人だろう。仕返ししてやろうと思った。私はその落語家の真似をして、手のひらに豆を置いた形で、D子の前に突き出して、手が震える真似をしてやった。
左右に激しく振ってみた。 どうやら反応次第では、ただではすまないと理解したようだ。D子は困った鳩の真似をして、一生懸命首を左右に振った。
「アハハハハ~」
「ワハハハハ~」
こうして、一触即発の状態は直前に回避された。
さて、「ノーベル平和賞」はどっちだ!
「どっちもどっちじゃないか」
「そんなことありません。一人で耐えて来た私が受けるべきでしょう。」
「どっちにしてもオレは悪者。その手はくわないよ」
「手は食わないで、豆だけ食べて下さい」
071222
あのころ私は67歳、シニアネットのお陰で豊かで愉しいシニアライフを送っていた。この喜びを友人にも、お裾分けしてやろうと思い、入会を勧めたら「仕事でもないのに人の中に入って気を使うのはゴメンだね」と断られてしまった。
「おやっ?どこかで聞いたようなことを」と思ったら、5年ほど前の、私自身のセリフではないか。その頃は、せっかく仕事を止めたのだから家でノンビリ暮らそうと思っていた。しかし、そうは問屋が卸さなかった。1年もしない内に、D子に邪魔にされ、無理やり「老人福祉センター」に連れて行かれた。
「あんたは、何処に行っても三日坊主だね。今度は易しいところにしたから、1年間は止めたらダメだよ」ときつく言い渡された。今度こそは押し込んでやろうというD子の意気込みに、押されるようにして入ったのが「ヒヨコ英会話」教室である。これが残りの人生を変えることになろうとは、夢にも思わなかった。
「ヒヨコ」とうたっているだけあって、ちょこっと行った川柳・ヨガ・手話に比べて、確かに易しいと思った。しかし、ここでも私はお客さん。教室の片隅で暗い顔してじっと座っているだけだった。人並みに横のオジサンに話しかけたりするのだが、「旅行しない・山登れない、カラオケ・釣り・パークゴルフ・囲碁将棋出来ない」ことが分かると、それ以上話が続かないのだ。
9ヶ月目にやっと話し相手に恵まれた。たまたま横に座ったAさんが話しかけてくれたのである。まさに地獄に仏だ。一人でダンマリも楽でない。金曜の朝は憂鬱だ。「今日は英語だよ」と言ってD子が尻を押す。 どうして、こんなにお節介になってしまったのだろう。控えめな人と思っていたのに。家を出てもこのまま図書館にでも行こうかと思ったことが、何回もある。しかし、仕事人間の習性もまだ残っていて嫌々ながらでも足が「英会話」の方に向いてしまう。
Aさんは親分肌で教室中、全部自分の友人にしないと気がすまないようだ。お陰様で引っ込み思案の私も、晴れて友人の一人に加えさせてもらえた。「いつも一人で寂しそうだから、声をかけて上げたのよ」と恩着せがましいのだが、大勢の中で一人ダンマリも、楽じゃないので有難かった。 これがきっかけで皆さんとも打ち解けるようになり、1年後にはハワイ旅行にも参加した。そして、これが生涯一番の楽しい想い出になったのである。
その後感じたことだが、世の中のいろいろな場所に人と人を繋ぐ、接着剤みたいな人が配置されている。私は一つの素材となって接着剤で繋いでもらうことを覚えた。最近ではどこに顔を出しても親しく話せる仲間がいるような気がしている。人慣れしてくると、長年趣味としてやってきたパソコンのグループにも入りたくなった。こうして入ったのが、現在所属しているシニアネットである。
最初はパソコンの勉強をしようと意気込んでいたが、生まれつき緻密なことと、素早い処理は苦手だ。3年間試行錯誤した末、ついにパソコンの勉強は諦めてしまった。 今では私自身が人と人を繋ぐ接着剤の役目を果たいと思っている。引っ込み思案の私には、所詮ムリな「仕事」だが、できるだけのことはやってみたい。 人生の秋は、人として生きて行きたいからである。それから13年たって80歳、すべての活動を止めてノンビリ暮らしている。これはこれでいいもんだ。
「おやっ?どこかで聞いたようなことを」と思ったら、5年ほど前の、私自身のセリフではないか。その頃は、せっかく仕事を止めたのだから家でノンビリ暮らそうと思っていた。しかし、そうは問屋が卸さなかった。1年もしない内に、D子に邪魔にされ、無理やり「老人福祉センター」に連れて行かれた。
「あんたは、何処に行っても三日坊主だね。今度は易しいところにしたから、1年間は止めたらダメだよ」ときつく言い渡された。今度こそは押し込んでやろうというD子の意気込みに、押されるようにして入ったのが「ヒヨコ英会話」教室である。これが残りの人生を変えることになろうとは、夢にも思わなかった。
「ヒヨコ」とうたっているだけあって、ちょこっと行った川柳・ヨガ・手話に比べて、確かに易しいと思った。しかし、ここでも私はお客さん。教室の片隅で暗い顔してじっと座っているだけだった。人並みに横のオジサンに話しかけたりするのだが、「旅行しない・山登れない、カラオケ・釣り・パークゴルフ・囲碁将棋出来ない」ことが分かると、それ以上話が続かないのだ。
9ヶ月目にやっと話し相手に恵まれた。たまたま横に座ったAさんが話しかけてくれたのである。まさに地獄に仏だ。一人でダンマリも楽でない。金曜の朝は憂鬱だ。「今日は英語だよ」と言ってD子が尻を押す。 どうして、こんなにお節介になってしまったのだろう。控えめな人と思っていたのに。家を出てもこのまま図書館にでも行こうかと思ったことが、何回もある。しかし、仕事人間の習性もまだ残っていて嫌々ながらでも足が「英会話」の方に向いてしまう。
Aさんは親分肌で教室中、全部自分の友人にしないと気がすまないようだ。お陰様で引っ込み思案の私も、晴れて友人の一人に加えさせてもらえた。「いつも一人で寂しそうだから、声をかけて上げたのよ」と恩着せがましいのだが、大勢の中で一人ダンマリも、楽じゃないので有難かった。 これがきっかけで皆さんとも打ち解けるようになり、1年後にはハワイ旅行にも参加した。そして、これが生涯一番の楽しい想い出になったのである。
その後感じたことだが、世の中のいろいろな場所に人と人を繋ぐ、接着剤みたいな人が配置されている。私は一つの素材となって接着剤で繋いでもらうことを覚えた。最近ではどこに顔を出しても親しく話せる仲間がいるような気がしている。人慣れしてくると、長年趣味としてやってきたパソコンのグループにも入りたくなった。こうして入ったのが、現在所属しているシニアネットである。
最初はパソコンの勉強をしようと意気込んでいたが、生まれつき緻密なことと、素早い処理は苦手だ。3年間試行錯誤した末、ついにパソコンの勉強は諦めてしまった。 今では私自身が人と人を繋ぐ接着剤の役目を果たいと思っている。引っ込み思案の私には、所詮ムリな「仕事」だが、できるだけのことはやってみたい。 人生の秋は、人として生きて行きたいからである。それから13年たって80歳、すべての活動を止めてノンビリ暮らしている。これはこれでいいもんだ。
およそ6年前、現住所に転居したころは体調が最悪でだった。とにかくあちこち痛い。整形外科に行っても埒が明かないので、マッサージ治療を受けることにした。 担当のマッサージ師は目の不自由な若い女性で、S先生と呼ばれていた。マッサージの腕は確かだが、とにかく よく喋り よく笑う。「暗いね~。あんた暗いね~」と言いながら笑うのである。
S先生はマッサージをしながら、耳だけを傾けてくれそうな気がして、とても話しやすい。それに、私のことを水も滴るいい男と思ってくれるかも知れない。なんたって、頭と顔のマッサージはないのだから。目が不自由な先生から「暗いね~」と言われては、立場がないが、どんな風に言われるか、例を挙げてみよう。
「喧嘩したのね。 それで、どうしたの?」とS先生。
「自分の部屋に入って鍵をかけたんです」と私。
「奥さんから逃げたわけね」
「妻は攻めて来たりしません。 ただ、中で何をやっているのか見られたくなかったのです」
「見られたくないって、何をさ?」
と問われ、ちょっと答えを躊躇した。患者は私一人だが、院長先生も、受付もいる。 彼らには聞かれたくない。 それで、小さな声でボゾボソと答えると。
「えっえ~!パソコンで奥さんの悪口書いているって~! あんた暗いね~。ホントに暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」
私の名案もS先生に豪快に笑い飛ばされてしまった。 声がでかすぎる、これを聞いた受付の若い子は一体どう思っただろうか。 気になって仕方がない。 なんて明るい人だ。
私自身は高齢になったにも関わらず、今の方が明るい気持ちで日々暮らしている。性格は変わってないのだから、人の気持ちが明るくなるも、暗くなるも、周りの人の気持ち次第だと思う。S先生は目が不自由だが、家族とか友人の影響を受けて明るい性格に育ったのだと思う。
私は家の中を修羅場にしたくはない。自分が我慢すればすむ事なら、なんとか穏便にすましたい。 分からず屋と喧嘩するかわりに、自室にこもって、パソコンに悪口を書くことが、そんなに暗いだろうか。名案と思った、この対応をS先生に「暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」と笑い飛ばされてしまった。
どこの世界でも意見の対立はあるものだが、順序立てて説明し、二三の裏づけになる証明さえすれば、少なくとも、そのことについては納得してもらえるものである。大抵の場合は「君の言うことは分かる。しかし、......」ということになる。しかし、妻の場合は全く違う。「それは違う。 悪いのはあんた」の一点張り。何回も説明して、例を挙げて証明してみせても同じことである。
「男は外に出れば7人の敵がいる」と よく言われるが、家の中にこんな強敵がいるとは、夢にも思わなかった。 うかつにも、退職して家にいて初めて気が付いたことである。二人っきりの喧嘩は仲裁が入らないので、限りなく続く。 私は「説明と証明」。 一方、妻は「あんたが悪い」の一点張り。両者のエネルギー消費量を考えれば勝敗の帰趨は明らかである。
「苛められて悩んでいるときはパソコンに語しかけると、答えを出してくれるんですよ」と私。
「暗いね~。パソちゃんは何て言ってたの?」
「奥さんは良い人だけど、相手の身になって考えることが出来ないんだ。 と言ってました」
「正直なのね」
「そういえば......、嘘つかないですよ。 約束は守るし、時間も正確。 それから......」
いつの間にか妻の良い点ばかりを話し続けていた。
「だいぶ明るくなったじゃない。 嬉しそうな顔して」
「えっ! 見えるんですか」
「見えますよ。はっきりと......。 奥さんの勝ち誇った顔が」
S先生はマッサージをしながら、耳だけを傾けてくれそうな気がして、とても話しやすい。それに、私のことを水も滴るいい男と思ってくれるかも知れない。なんたって、頭と顔のマッサージはないのだから。目が不自由な先生から「暗いね~」と言われては、立場がないが、どんな風に言われるか、例を挙げてみよう。
「喧嘩したのね。 それで、どうしたの?」とS先生。
「自分の部屋に入って鍵をかけたんです」と私。
「奥さんから逃げたわけね」
「妻は攻めて来たりしません。 ただ、中で何をやっているのか見られたくなかったのです」
「見られたくないって、何をさ?」
と問われ、ちょっと答えを躊躇した。患者は私一人だが、院長先生も、受付もいる。 彼らには聞かれたくない。 それで、小さな声でボゾボソと答えると。
「えっえ~!パソコンで奥さんの悪口書いているって~! あんた暗いね~。ホントに暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」
私の名案もS先生に豪快に笑い飛ばされてしまった。 声がでかすぎる、これを聞いた受付の若い子は一体どう思っただろうか。 気になって仕方がない。 なんて明るい人だ。
私自身は高齢になったにも関わらず、今の方が明るい気持ちで日々暮らしている。性格は変わってないのだから、人の気持ちが明るくなるも、暗くなるも、周りの人の気持ち次第だと思う。S先生は目が不自由だが、家族とか友人の影響を受けて明るい性格に育ったのだと思う。
私は家の中を修羅場にしたくはない。自分が我慢すればすむ事なら、なんとか穏便にすましたい。 分からず屋と喧嘩するかわりに、自室にこもって、パソコンに悪口を書くことが、そんなに暗いだろうか。名案と思った、この対応をS先生に「暗いね~。アッハッ、ハッ、ハ~」と笑い飛ばされてしまった。
どこの世界でも意見の対立はあるものだが、順序立てて説明し、二三の裏づけになる証明さえすれば、少なくとも、そのことについては納得してもらえるものである。大抵の場合は「君の言うことは分かる。しかし、......」ということになる。しかし、妻の場合は全く違う。「それは違う。 悪いのはあんた」の一点張り。何回も説明して、例を挙げて証明してみせても同じことである。
「男は外に出れば7人の敵がいる」と よく言われるが、家の中にこんな強敵がいるとは、夢にも思わなかった。 うかつにも、退職して家にいて初めて気が付いたことである。二人っきりの喧嘩は仲裁が入らないので、限りなく続く。 私は「説明と証明」。 一方、妻は「あんたが悪い」の一点張り。両者のエネルギー消費量を考えれば勝敗の帰趨は明らかである。
「苛められて悩んでいるときはパソコンに語しかけると、答えを出してくれるんですよ」と私。
「暗いね~。パソちゃんは何て言ってたの?」
「奥さんは良い人だけど、相手の身になって考えることが出来ないんだ。 と言ってました」
「正直なのね」
「そういえば......、嘘つかないですよ。 約束は守るし、時間も正確。 それから......」
いつの間にか妻の良い点ばかりを話し続けていた。
「だいぶ明るくなったじゃない。 嬉しそうな顔して」
「えっ! 見えるんですか」
「見えますよ。はっきりと......。 奥さんの勝ち誇った顔が」
在職中は私は仕事、D子は家事。 明確な分業が成り立っていた。誰がいつ決めたか知らないが、そうなっていた。
かなり昔の話だが、待ちに待った定年退職がやって来た「ハッピーリタイアメント、さあ!のんびるするぞ!」と喜び勇んだのは、つかの間。厳しい現実が待っていた。
予期に反して、なんだかんだと居心地が悪い。しばらくすると自分の立場に気付いて愕然とした。我家はいつの間にかD子の支配下にあり、私の立場は何も知らない新入社員の様なものになっていた。
しかし、こんなことで負けてはいられない「家でノンビリ」は長年の憧れ。どうしても譲れない一線だ。 創意と工夫で、この難局を打開しようと決心した。
「私はこの作戦の必勝を期して『オペレーション・ゆとり』と命名しました」
「おいおい、女房の尻の下から脱出するのに、作戦かい」
「敵を甘く見てはいけません。 作戦目標は『ノンビリした暮らしの奪回』です」
「オレはとっくの昔からやってるよ」
「奥様の手のひらで踊っているだけです。陰で笑われているのをご存知ないのですか」
半年もすると、二人暮らしのコツも身についてきた。「嫌・駄目・出来ない、はご法度」。何も一生懸命やることはない。とりあえずは「うんうん、それもいいね」と言っておけば、万事OKだ。
「仕事を止めたんだから、家事は半々にしようね」と言われてもビックリすることはない。「うんうん、それもいいね」と言って置けばいいのだ。
別に、何時からと言われた訳ではない。「うんうん、いいね」で充分である。しかし、「明日からやってよ」と言われたら、少々知恵を働かさなければならない。
「うんうん、いいね」は決まり文句だから、そのままで良い。難しいのは後半だ。間違っても「出来ない」とは言ってはいけない。そんなこと言ったら最後、厳しい訓練が待っている。D子は決して甘くはないのである。
「明日、あさっては予定があるので、3日後からやります」と、とりあえずは先送りする。3日後に同じことを言ってくることは滅多にない。D子は忘れっぽいのだ。敵の弱点は充分研究してある。
もし言ってきたとすると大変だ。忘れっぽいD子が3日も覚えていたのだ。ただ事ではない。毅然とした対応が必要となる。
「三日がどうした!四の五の言うな。オレをなめるな。甘くはないぞ~!」
「ほ~ぉ、それで、D子さんはなんて言った」
「六でなし~!」
11月23日、北国の公園だが、池が凍結し始めている。カモが好む水場が狭くなり、だんだん居心地が悪くなってきたようだ。全てが凍結すると、池から出て同じ園内の川に移動する。家庭内の居心地の悪さに耐え切れず、外に憩いを求める情けない男に似ていて、身につまされる。
かなり昔の話だが、待ちに待った定年退職がやって来た「ハッピーリタイアメント、さあ!のんびるするぞ!」と喜び勇んだのは、つかの間。厳しい現実が待っていた。
予期に反して、なんだかんだと居心地が悪い。しばらくすると自分の立場に気付いて愕然とした。我家はいつの間にかD子の支配下にあり、私の立場は何も知らない新入社員の様なものになっていた。
しかし、こんなことで負けてはいられない「家でノンビリ」は長年の憧れ。どうしても譲れない一線だ。 創意と工夫で、この難局を打開しようと決心した。
「私はこの作戦の必勝を期して『オペレーション・ゆとり』と命名しました」
「おいおい、女房の尻の下から脱出するのに、作戦かい」
「敵を甘く見てはいけません。 作戦目標は『ノンビリした暮らしの奪回』です」
「オレはとっくの昔からやってるよ」
「奥様の手のひらで踊っているだけです。陰で笑われているのをご存知ないのですか」
半年もすると、二人暮らしのコツも身についてきた。「嫌・駄目・出来ない、はご法度」。何も一生懸命やることはない。とりあえずは「うんうん、それもいいね」と言っておけば、万事OKだ。
「仕事を止めたんだから、家事は半々にしようね」と言われてもビックリすることはない。「うんうん、それもいいね」と言って置けばいいのだ。
別に、何時からと言われた訳ではない。「うんうん、いいね」で充分である。しかし、「明日からやってよ」と言われたら、少々知恵を働かさなければならない。
「うんうん、いいね」は決まり文句だから、そのままで良い。難しいのは後半だ。間違っても「出来ない」とは言ってはいけない。そんなこと言ったら最後、厳しい訓練が待っている。D子は決して甘くはないのである。
「明日、あさっては予定があるので、3日後からやります」と、とりあえずは先送りする。3日後に同じことを言ってくることは滅多にない。D子は忘れっぽいのだ。敵の弱点は充分研究してある。
もし言ってきたとすると大変だ。忘れっぽいD子が3日も覚えていたのだ。ただ事ではない。毅然とした対応が必要となる。
「三日がどうした!四の五の言うな。オレをなめるな。甘くはないぞ~!」
「ほ~ぉ、それで、D子さんはなんて言った」
「六でなし~!」
11月23日、北国の公園だが、池が凍結し始めている。カモが好む水場が狭くなり、だんだん居心地が悪くなってきたようだ。全てが凍結すると、池から出て同じ園内の川に移動する。家庭内の居心地の悪さに耐え切れず、外に憩いを求める情けない男に似ていて、身につまされる。
ある年の秋、所属するML(メーリングリスト)が一つの楽しい話題で盛り上がっていた。「秋のみちのく、紅葉と民謡を楽しむ旅」について、メールが次から次へと流れて来る。異口同音、どれもこれも「楽しかった、楽しかった」と言っている。行けばよかったと思っても、もう遅い。そう思っているのは私だけだろうか。
「秋のみちのくの旅、ホントは私も行きたかったんですよ」
「ダメだよ。今ごろになってそんなこと言っちゃあ。MLみて羨ましくなったんだろう」
「皆さんが楽しい、楽しいと書いていましたね。 残念だな~」
「どおせヒマなんだろう。 行けば好かったじゃないか」
「若い人にラジオ一緒にやらないかと誘われたのですが、それがが重なりまして」
「そりゃ良かったね。アンタ出たがり屋だから」
「地域サイトを運営する"ウェブマスター"たちがサイトの開設・運営の裏話や、それぞれの地域への思いなどを語り合おうという趣向なんです」
3人とは「円山情報サイト」A管理人(35歳)、「山鼻.情報サイト」B管理人(31歳) 「中島パフェ」I管理人(67歳)のことである。それぞれ円山・円山公園、西線・伏見、中島公園など地域情報を発信するサイトを運営している。
「旅行に行きたかったのに残念だなぁ。申し込みの矢先にラジオの誘いです」
「何度も言うな。それでいいじゃあないか」
「それがそうでもないんです。放送前は雑談したりして、友だちのような雰囲気があったのですが......」
放送は最終戦となってしまった日本シリーズ日ハム対中日の試合中に行われた。1対0で日ハムが負けているので、試合の行方も気にしながらの「ラジオ座談会」になってしまった。ともあれここちよい疲れを感じながら放送は終了した。
「お疲れさま」とあいさつがすむと、トイレに駆け込んだ。 我慢していたわけではない 事前準備のつもりだ。2人をビールにでも誘おうと思っているので、店に入って直ぐ中座するのも嫌だし、財布の中身もチェックしたい。 年長者としての責任も果たしたいのだ。 準備OKということで、待合室に行くと二人の姿が見えない。仕方がないので外に出ると、遠くの方に楽しそうに歩いている二人が見えた。番組終われば若い人同士。お年寄りはお呼びではない。
「秋のみちのくの旅、ホントは私も行きたかったんですよ」
「ダメだよ。今ごろになってそんなこと言っちゃあ。MLみて羨ましくなったんだろう」
「皆さんが楽しい、楽しいと書いていましたね。 残念だな~」
「どおせヒマなんだろう。 行けば好かったじゃないか」
「若い人にラジオ一緒にやらないかと誘われたのですが、それがが重なりまして」
「そりゃ良かったね。アンタ出たがり屋だから」
「地域サイトを運営する"ウェブマスター"たちがサイトの開設・運営の裏話や、それぞれの地域への思いなどを語り合おうという趣向なんです」
3人とは「円山情報サイト」A管理人(35歳)、「山鼻.情報サイト」B管理人(31歳) 「中島パフェ」I管理人(67歳)のことである。それぞれ円山・円山公園、西線・伏見、中島公園など地域情報を発信するサイトを運営している。
「旅行に行きたかったのに残念だなぁ。申し込みの矢先にラジオの誘いです」
「何度も言うな。それでいいじゃあないか」
「それがそうでもないんです。放送前は雑談したりして、友だちのような雰囲気があったのですが......」
放送は最終戦となってしまった日本シリーズ日ハム対中日の試合中に行われた。1対0で日ハムが負けているので、試合の行方も気にしながらの「ラジオ座談会」になってしまった。ともあれここちよい疲れを感じながら放送は終了した。
「お疲れさま」とあいさつがすむと、トイレに駆け込んだ。 我慢していたわけではない 事前準備のつもりだ。2人をビールにでも誘おうと思っているので、店に入って直ぐ中座するのも嫌だし、財布の中身もチェックしたい。 年長者としての責任も果たしたいのだ。 準備OKということで、待合室に行くと二人の姿が見えない。仕方がないので外に出ると、遠くの方に楽しそうに歩いている二人が見えた。番組終われば若い人同士。お年寄りはお呼びではない。
「盲点とは気付かないこと。注意が行き届かない所などを意味するが、目の盲点とは目の奥の神経が集中した部分で光を感じにくい部分を言う」そうだ。
私は土日祝日に小学校で留守番をする日直代行というアルバイトをしていたことがある。休日でも用事で学校に来る先生も少なくない。先生たちが帰って、職員室に私がひとりになったとき、消防署から電話がかかって来た。
「お宅の生徒が交通事故に遭ったので、保護者の名前を調べてくれ」と、かなり緊迫した様子。これは大変だ。すぐに調べなければということで「教頭先生の家に電話します」と答える。日直代行の唯一の連絡先は教頭先生と決められている。
「今すぐパソコンで検索して、電話番号を調べてくれ」とかなり急いでいるようだ。 しかし、それは「できない相談」。学校の物など鉛筆一本でも使ったことがない。まして個人情報の塊であるパソコンなど触れることさえ出来ない。留守番が無断でご主人様の金庫を開けるようなものだ。
その日が休日であることははっきりと伝えたが、救急隊員は、学校に派遣されている「代行さん」のことは知らないようだ。ここでは私が盲点である。キチンと説明したいが時間がないのでウソも方便。
「学校に用事があって、やって来た部外者ですが、休日で誰もいません。先生に急いで知らせます」と言って、やっと納得してもらった。「お前はだれだ? 学校にどうやって入った?」という疑問はわかないからしい。 盲点はいろいろな所にあるものだ。 それでも何とか暮らせているから不思議だ。
私は土日祝日に小学校で留守番をする日直代行というアルバイトをしていたことがある。休日でも用事で学校に来る先生も少なくない。先生たちが帰って、職員室に私がひとりになったとき、消防署から電話がかかって来た。
「お宅の生徒が交通事故に遭ったので、保護者の名前を調べてくれ」と、かなり緊迫した様子。これは大変だ。すぐに調べなければということで「教頭先生の家に電話します」と答える。日直代行の唯一の連絡先は教頭先生と決められている。
「今すぐパソコンで検索して、電話番号を調べてくれ」とかなり急いでいるようだ。 しかし、それは「できない相談」。学校の物など鉛筆一本でも使ったことがない。まして個人情報の塊であるパソコンなど触れることさえ出来ない。留守番が無断でご主人様の金庫を開けるようなものだ。
その日が休日であることははっきりと伝えたが、救急隊員は、学校に派遣されている「代行さん」のことは知らないようだ。ここでは私が盲点である。キチンと説明したいが時間がないのでウソも方便。
「学校に用事があって、やって来た部外者ですが、休日で誰もいません。先生に急いで知らせます」と言って、やっと納得してもらった。「お前はだれだ? 学校にどうやって入った?」という疑問はわかないからしい。 盲点はいろいろな所にあるものだ。 それでも何とか暮らせているから不思議だ。
私は小学校の日直代行をしていたことがある。S人材センターより派遣されて、休日に学校の留守番をする「代行さん」である。インターフォンで玄関の出入をチェックしたり、校内を巡回したり、休日(昼間)の警備員みたいな役目もある。
事件もののテレビドラマなら警備員が殺されるところから始まるが、現実はホンの小さな誤解から生じるプチ・ドラマ。それでも心に小さな傷がつく。「ちょっと、代行さん。 変な音がするじゃない。 止めてくれない」。私は先生の部下ではないのに命令されてしまった。まるで異音を発している張本人のような扱いだ。
新学期の準備に追われて、休日なのに泣く泣く来ている年配先生は、機嫌が悪い。短い曲の繰り返しのような音だが、先生はインターフォンを指差しながら言っている。しかし、常勤の先生が分からないことを、休日の留守番役に分かる訳がない。いずれにしろインターフォンなら日直代行の仕事道具だから放ってはおけない。
「はい、分かりました。調べに行ってきまーす」と、言ったところで、何を調べるか検討もつかない。それでも、じっと座っているより、その場を離れた方が気が楽だ。しばらく散歩してから職員室に帰り「変ですね~。担当の先生に知らせておきますね」と言って、一件落着のつもりだった。変な音が何回も続くわけがない。
その先生とは初対面で見知らぬ人。まともに議論しても仕方がない。変な音を止めてくれと言われれば、止めに行くフリするのが最良の判断だ。それにあの「変な音」はインターフォンから出ていないと確信している。それを日直代行が先生に納得させるのは至難の業である。
何れにしろ、私の勤務時間は後、一時間もないのだから、全ては時間が解決する。第一変な音を止めるのは私の仕事ではない。代行さんは気楽な稼業と来たもんだ。その代わり一ヶ月働いても1万円くらいだ。一日の間違いじゃないよ。
事件もののテレビドラマなら警備員が殺されるところから始まるが、現実はホンの小さな誤解から生じるプチ・ドラマ。それでも心に小さな傷がつく。「ちょっと、代行さん。 変な音がするじゃない。 止めてくれない」。私は先生の部下ではないのに命令されてしまった。まるで異音を発している張本人のような扱いだ。
新学期の準備に追われて、休日なのに泣く泣く来ている年配先生は、機嫌が悪い。短い曲の繰り返しのような音だが、先生はインターフォンを指差しながら言っている。しかし、常勤の先生が分からないことを、休日の留守番役に分かる訳がない。いずれにしろインターフォンなら日直代行の仕事道具だから放ってはおけない。
「はい、分かりました。調べに行ってきまーす」と、言ったところで、何を調べるか検討もつかない。それでも、じっと座っているより、その場を離れた方が気が楽だ。しばらく散歩してから職員室に帰り「変ですね~。担当の先生に知らせておきますね」と言って、一件落着のつもりだった。変な音が何回も続くわけがない。
その先生とは初対面で見知らぬ人。まともに議論しても仕方がない。変な音を止めてくれと言われれば、止めに行くフリするのが最良の判断だ。それにあの「変な音」はインターフォンから出ていないと確信している。それを日直代行が先生に納得させるのは至難の業である。
何れにしろ、私の勤務時間は後、一時間もないのだから、全ては時間が解決する。第一変な音を止めるのは私の仕事ではない。代行さんは気楽な稼業と来たもんだ。その代わり一ヶ月働いても1万円くらいだ。一日の間違いじゃないよ。
困ったな、叉 カラオケ仲間から追放されそうだ。つい、あの悪いクセが出てしまったのだ。歌っている内に、だんだん気分がよくなり、自己陶酔に陥ってしまう、あのクセである。上手ければ自己表現の一つとして許されるかも知れない。しかし、オンチだからダメ。気持悪いようだ。
いずれ追放される。実は、25年前にも同じようなことがあり「カラオケ禁止」を言い渡されたのだ。思わず調子に乗って、こんなことになったのも、伏線はある。 別に他人様のせいにするわけではないが、あの一言がなければ、こんなことにならなかった。
「あなた、幾つまで生きたいの」と聞かれて、「あなたが生きている間は生きていたいですね」と答えた。そうしたら…。
「あら、そんなこと言ってくれて嬉しいわ」というのだ。
なにぶん、好きだの嫌いだのと歌っている最中だからね。一瞬われを忘れ、いい気分になってしまった。それからが大変。声を震わせ、身体を震わせての絶唱だ。
「今日は疲れたわ。このへんでお開きにしましょ」のひと言で我に返ったが、気付くのが遅かった。周りはすっかりしらけ切ってしまった。
ところで、中島公園を歩いていたら、先輩に出会った。なんでも相談にのってくれる良い先輩である。
「ショックです。音楽やめて文学にしようかな」
「両方止めな。筋が悪すぎるよ」
「これから、どうやって生きていけばいいんですか!」
「公園じいさんで良いだろう」
「そうカモね」
「そうだ! 鴨ジイサンもいいじゃないか」
このころ私は、毎日のように中島公園を歩き回り、親子鴨を探しホームページにアップしていた。その為あだ名は鴨番記者と付けられた。
いずれ追放される。実は、25年前にも同じようなことがあり「カラオケ禁止」を言い渡されたのだ。思わず調子に乗って、こんなことになったのも、伏線はある。 別に他人様のせいにするわけではないが、あの一言がなければ、こんなことにならなかった。
「あなた、幾つまで生きたいの」と聞かれて、「あなたが生きている間は生きていたいですね」と答えた。そうしたら…。
「あら、そんなこと言ってくれて嬉しいわ」というのだ。
なにぶん、好きだの嫌いだのと歌っている最中だからね。一瞬われを忘れ、いい気分になってしまった。それからが大変。声を震わせ、身体を震わせての絶唱だ。
「今日は疲れたわ。このへんでお開きにしましょ」のひと言で我に返ったが、気付くのが遅かった。周りはすっかりしらけ切ってしまった。
ところで、中島公園を歩いていたら、先輩に出会った。なんでも相談にのってくれる良い先輩である。
「ショックです。音楽やめて文学にしようかな」
「両方止めな。筋が悪すぎるよ」
「これから、どうやって生きていけばいいんですか!」
「公園じいさんで良いだろう」
「そうカモね」
「そうだ! 鴨ジイサンもいいじゃないか」
このころ私は、毎日のように中島公園を歩き回り、親子鴨を探しホームページにアップしていた。その為あだ名は鴨番記者と付けられた。
おじいさんとの話は延々と続きそうだが、ラジオの準備をしなければならない。「進行表」と「台本」をチェックしようとしたら点滴が来た。
「もうですか?」
「ラジオがあるから早くしてと言ったでしょ」
「すみません。お願いします」
もうクタクタのヘトヘトだ。点滴しながら眠ってしまった。目が覚めると17時。泥縄だが、点滴しながら放送をイメージしてみた。
点滴の落ちる速度がやけに遅い。遅れそうな気がしてイライラした。胸もムカムカした。点滴が終わると18時になってしまった。食欲はまったくないが、食後の薬の為、少しだけ食べてみた。
大急ぎで円山のスタジオに向った。途中でカロリーメイトをほうばったが、いつもと違って口の中がパサパサして食べにくい。
スタジオ内は飲食禁止だが、コッソリお茶を飲みながら何とか1時間の番組を終了。タクシーを拾って家に着いたのが21時20分だった。病院の消灯が21時なので予め外泊許可をもらっていた。
家に帰ってもやることがいっぱいある。電話連絡は病院に帰ってからでも出来るが、メールはネットが使える今夜の内にしなければならない。
とにかく破らなければならない約束がいっぱいあった。時間がないので「入院するから行けない」とだけ書いて送るのが精一杯だ。何となく気になったが、疲れて寝入ってしまう。
一眠りすると目が覚めた。夜中の3時だが、気になって目が冴えて仕方がない。なにぶん前触れ無しの入院だ。簡単な説明が必要だろう。
しかし、どこの誰にとなるとなかなか難しい。困り果てて600人宛てのメーリングリストに流してしまった。こうして長い長い一日が終わった。
「退院おめでとう」
「有難うございます。ご迷惑かけて申し訳ありません」
「しかし、『病院の罠』とは穏やかでないな。世話になったお医者さんに失礼だぞ」
「病気と健康とどちらが好きですか?」
「健康に決まっているじゃないか」
「病気で入院したとは思いたくないので、健康なのに病院が仕掛けた罠にかかったと思うことにしました」
「小心者に付ける薬はないな」
「薬はもうけっこうです」
「もうですか?」
「ラジオがあるから早くしてと言ったでしょ」
「すみません。お願いします」
もうクタクタのヘトヘトだ。点滴しながら眠ってしまった。目が覚めると17時。泥縄だが、点滴しながら放送をイメージしてみた。
点滴の落ちる速度がやけに遅い。遅れそうな気がしてイライラした。胸もムカムカした。点滴が終わると18時になってしまった。食欲はまったくないが、食後の薬の為、少しだけ食べてみた。
大急ぎで円山のスタジオに向った。途中でカロリーメイトをほうばったが、いつもと違って口の中がパサパサして食べにくい。
スタジオ内は飲食禁止だが、コッソリお茶を飲みながら何とか1時間の番組を終了。タクシーを拾って家に着いたのが21時20分だった。病院の消灯が21時なので予め外泊許可をもらっていた。
家に帰ってもやることがいっぱいある。電話連絡は病院に帰ってからでも出来るが、メールはネットが使える今夜の内にしなければならない。
とにかく破らなければならない約束がいっぱいあった。時間がないので「入院するから行けない」とだけ書いて送るのが精一杯だ。何となく気になったが、疲れて寝入ってしまう。
一眠りすると目が覚めた。夜中の3時だが、気になって目が冴えて仕方がない。なにぶん前触れ無しの入院だ。簡単な説明が必要だろう。
しかし、どこの誰にとなるとなかなか難しい。困り果てて600人宛てのメーリングリストに流してしまった。こうして長い長い一日が終わった。
「退院おめでとう」
「有難うございます。ご迷惑かけて申し訳ありません」
「しかし、『病院の罠』とは穏やかでないな。世話になったお医者さんに失礼だぞ」
「病気と健康とどちらが好きですか?」
「健康に決まっているじゃないか」
「病気で入院したとは思いたくないので、健康なのに病院が仕掛けた罠にかかったと思うことにしました」
「小心者に付ける薬はないな」
「薬はもうけっこうです」
「まるでホテルにカンヅメになった締め切り前の人気作家のようだな」と、すっかり空想モードに入ってしまった。ドアをノックする音が聞こえる。
「おやっ、編集者かな?」と、一瞬の勘違い。
先ほどの看護師さんだ。言いにくそうに、アレコレ話していたが、けっきょくは「酸素が必要な人が来たので、直ぐに出て欲しい」と、いうことだ。
何たることだ! 太鼓判を押したばかりではないか。しかし、命に関わることに変更はあり得ない。諦めるより仕方ない。
夢はあえなく萎み、忙しさに拍車がかかった。とにかく移動準備だ。広い個室に散らばった荷物を一ヶ所にまとめると、もう昼食の時間になってしまった。なんとも忙しくてやりきれない。
大急ぎで食べて6人部屋へ。やっとの思いで移ったが、増えてしまった荷物でベッドのまわりは足の踏み場もない。
ともかく、隣の人に挨拶をしなくては、「はじめまして、よろしくお願いします」と簡単にすますと、
「宍戸譲二です。84歳です」と、丁寧に応じられたのでやり直し。
「中波太郎。67歳です。風邪をひいてこの病院に来たら検査して、即入院となりました」
「そうですかぁ。お客さん少ないからね~……」
「……?」
先ほどの院長先生のセリフ、「直ぐに入院。ラジオはいいよ」を思い出した。まさか、肺炎と言って見せてくれたあのCT写真の白い影は、「消しゴムツール」か何かで加工したのではあるまいね。一瞬こんな疑問が頭をよぎった。「病院の罠」。
「おやっ、編集者かな?」と、一瞬の勘違い。
先ほどの看護師さんだ。言いにくそうに、アレコレ話していたが、けっきょくは「酸素が必要な人が来たので、直ぐに出て欲しい」と、いうことだ。
何たることだ! 太鼓判を押したばかりではないか。しかし、命に関わることに変更はあり得ない。諦めるより仕方ない。
夢はあえなく萎み、忙しさに拍車がかかった。とにかく移動準備だ。広い個室に散らばった荷物を一ヶ所にまとめると、もう昼食の時間になってしまった。なんとも忙しくてやりきれない。
大急ぎで食べて6人部屋へ。やっとの思いで移ったが、増えてしまった荷物でベッドのまわりは足の踏み場もない。
ともかく、隣の人に挨拶をしなくては、「はじめまして、よろしくお願いします」と簡単にすますと、
「宍戸譲二です。84歳です」と、丁寧に応じられたのでやり直し。
「中波太郎。67歳です。風邪をひいてこの病院に来たら検査して、即入院となりました」
「そうですかぁ。お客さん少ないからね~……」
「……?」
先ほどの院長先生のセリフ、「直ぐに入院。ラジオはいいよ」を思い出した。まさか、肺炎と言って見せてくれたあのCT写真の白い影は、「消しゴムツール」か何かで加工したのではあるまいね。一瞬こんな疑問が頭をよぎった。「病院の罠」。
ああ、くたびれた。2月14日は波乱万丈。「短編ドラマ」のような一日だった。なんでこんなことになってしまったのだろう。中島公園近くの病院での話である。
「今すぐ入院ですか。明日の夜ラジオに出るんです。明後日ではダメですか?」
「直ぐ入院して下さい。ラジオは出てもいいですよ」
ラジオとは地元の番組「山鼻、あしたもいい天気!」ラジオカロスFM78.1MHz。
即入院の緊急性と「ラジオは出てもいいですよ」というおおらかさ。この落差は一体なんだろう。私にはピンとこなかった。ともかく、スタジオには行けることになったのでホッとした。 この時点では、明日が私にとって「いちばん長い日」になるとは夢にも思わなかった。
運命の2月14日の朝はバス・トイレ付きの個室で始まった。まるでホテルのシングルルームのようだ。広さも調度品も充分である。突然の入院について関係者に知らせるメールの下書きを書いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「おはようございます。担当のM(看護師)です。酸素吸入の可能性があるので個室に入ってもらいました。何か心配なことはありませんか?」
「吸入が必要でなくなったら、この部屋追い出されるのですか?」
一番気になることを聞いた。
「どうぞ退院まで使って下さい。部屋割りは私の責任でやっています」
頼もしい看護師さんだ。
太鼓判を押されて一挙に夢が膨らんだ。
「よ~し、ここを書斎にしてバンバン書いたるぞ!」
病気で入院していることなどスッカリ忘れ、気分も上々だった。
さっそく、D子に電話して持ってきて欲しい物をアレコレお願いした。ブツブツ言っていたが、何とか説得する。
9時から11時までの2時間は点滴中だ。 QPが来て荷物を置くと「寂しくなければ帰るからね」と言うなりさっさと出て行ってしまった。まもなくデパートの開店である。なるほどと思った。点滴が終わると、さっそく荷物のセッティングにかかった。身体はきつかったが、こうしていると夢がドンドン膨らんできて楽しい。
「今すぐ入院ですか。明日の夜ラジオに出るんです。明後日ではダメですか?」
「直ぐ入院して下さい。ラジオは出てもいいですよ」
ラジオとは地元の番組「山鼻、あしたもいい天気!」ラジオカロスFM78.1MHz。
即入院の緊急性と「ラジオは出てもいいですよ」というおおらかさ。この落差は一体なんだろう。私にはピンとこなかった。ともかく、スタジオには行けることになったのでホッとした。 この時点では、明日が私にとって「いちばん長い日」になるとは夢にも思わなかった。
運命の2月14日の朝はバス・トイレ付きの個室で始まった。まるでホテルのシングルルームのようだ。広さも調度品も充分である。突然の入院について関係者に知らせるメールの下書きを書いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「おはようございます。担当のM(看護師)です。酸素吸入の可能性があるので個室に入ってもらいました。何か心配なことはありませんか?」
「吸入が必要でなくなったら、この部屋追い出されるのですか?」
一番気になることを聞いた。
「どうぞ退院まで使って下さい。部屋割りは私の責任でやっています」
頼もしい看護師さんだ。
太鼓判を押されて一挙に夢が膨らんだ。
「よ~し、ここを書斎にしてバンバン書いたるぞ!」
病気で入院していることなどスッカリ忘れ、気分も上々だった。
さっそく、D子に電話して持ってきて欲しい物をアレコレお願いした。ブツブツ言っていたが、何とか説得する。
9時から11時までの2時間は点滴中だ。 QPが来て荷物を置くと「寂しくなければ帰るからね」と言うなりさっさと出て行ってしまった。まもなくデパートの開店である。なるほどと思った。点滴が終わると、さっそく荷物のセッティングにかかった。身体はきつかったが、こうしていると夢がドンドン膨らんできて楽しい。
夫婦喧嘩は家の中だけとは限らない。街中、それも店員やお客さんで賑うお店の中で突発的に起こる場合もある。遭遇戦みたいなもので結末がどうなるか予想もつかない。2001年8月15日は私の「敗戦記念日」だ。 あの時の悔しさは生涯忘れることはないだろう。頼みとする援軍には逃げられ、D子との戦いに敗れ大損害を被ったのである。
新築のマンションの照明を買う為に、札幌駅北側の大きな電器店のショウルームに行った。そこで店員の計略と裏切りの為、必要のないリモコンを大量に買わされてしまった。
「(照明の明るさを切り替える為の)ヒモは要りますか?」と店員。 誤解を与えるような言い方だ。これでD子は引っかかってしまった。最初は私もヒモの話と思った。
「いりません」と声をそろえて答えた。ここまでは私達の息はピッタリだった。
我家の習慣として照明の切り替えはしないから、壁にスイッチがあれば、それで充分だ。ヒモは邪魔だから鋏で切ってしまう。従って、何十年にわたり、我家の照明にはヒモがぶら下がっていない。
「ヒモは要らない」と言うことで二人の意見は一致していた。 しばらくすると、私は店員がリモコン付きの照明を勧めていることに気が付いた。しかし、D子はまだ気が付いていない。と言うよりもリモコン付き照明の存在そのものを知らないのだ。私も現物を見たのは、その日が初めてだった。ここで決定的な認識の違いが生じたのである。
店員はリモコンの説明をしないで、「ヒモは要りますか?」とか「ヒモは使いますか?」とか、何故ヒモの話ばかりするのだろう。これだけは今だに納得が行かない。確認すればすむことだが、突然二人の認識が違った為、いきなりD子との遭遇戦に入ってしまった。お互い、電器店のショウルームで戦う気など全くなかったのだ。遭遇戦とは部隊の戦闘展開が不完全な状態で発生する戦闘。移動中に突発的に発生する場合もある。
まるで、お店と我家との代理戦争のようだ。D子は知らずにお店の傀儡となっている。ならば店員はD子を操る皇帝か。私一人が我家の味方?まさかそんなことにはなるまいと思った。店員にも職業的倫理感があるはずだ。二人の争いを見ていれば、リモコン付き照明を勧める意欲も失せてしまうだろう。ここが勝負とばかりに店員の援護を当てにして強敵D子に戦いを挑んだ。
「リモコンなどいらないでしょう」
「リモコンってなによっ? ヒモの話をしているのでしょ」
「ヒモが付いていたら切ればいいでしょう」
「最初から付いてなければもっといいじゃない!」
「リモコンなんか使わないよ」
「ヒモだって使わないよ。要らないでしょ。今までもなかったし!」
そろそろいいのじゃないかと思って「援軍」であるべき店員の方にチラリと目をやると、店員は思いもよらぬ行動に出た。
「お二人で話し合って、決まったら知らせて下さい」と言うが早いか、その場をさっさと立ち去ってしまったのだ。
なんたることだ。我家の力関係をしっかりと見抜いて、自分にとって最良の道をチャッカリと選んでいるではないか。罠を仕掛けた猟師のように、ゆっくり休んで帰ってくれば獲物はちゃんと罠にかかっている算段だ。もちろん罠はD子、獲物は私。
「それで、リモコン付き照明を買ったのか」
「『援軍』に逃げられたのです。勝てるわけないでしょ」
「店員のせいにするな。自己責任だ」
「リモコンなど要りません。壁にスイッチがあれば充分です」
「D子さんは使っているんだろう」
「使うわけないでしょう。ヒモが無ければ、それでいいのです」
新築のマンションの照明を買う為に、札幌駅北側の大きな電器店のショウルームに行った。そこで店員の計略と裏切りの為、必要のないリモコンを大量に買わされてしまった。
「(照明の明るさを切り替える為の)ヒモは要りますか?」と店員。 誤解を与えるような言い方だ。これでD子は引っかかってしまった。最初は私もヒモの話と思った。
「いりません」と声をそろえて答えた。ここまでは私達の息はピッタリだった。
我家の習慣として照明の切り替えはしないから、壁にスイッチがあれば、それで充分だ。ヒモは邪魔だから鋏で切ってしまう。従って、何十年にわたり、我家の照明にはヒモがぶら下がっていない。
「ヒモは要らない」と言うことで二人の意見は一致していた。 しばらくすると、私は店員がリモコン付きの照明を勧めていることに気が付いた。しかし、D子はまだ気が付いていない。と言うよりもリモコン付き照明の存在そのものを知らないのだ。私も現物を見たのは、その日が初めてだった。ここで決定的な認識の違いが生じたのである。
店員はリモコンの説明をしないで、「ヒモは要りますか?」とか「ヒモは使いますか?」とか、何故ヒモの話ばかりするのだろう。これだけは今だに納得が行かない。確認すればすむことだが、突然二人の認識が違った為、いきなりD子との遭遇戦に入ってしまった。お互い、電器店のショウルームで戦う気など全くなかったのだ。遭遇戦とは部隊の戦闘展開が不完全な状態で発生する戦闘。移動中に突発的に発生する場合もある。
まるで、お店と我家との代理戦争のようだ。D子は知らずにお店の傀儡となっている。ならば店員はD子を操る皇帝か。私一人が我家の味方?まさかそんなことにはなるまいと思った。店員にも職業的倫理感があるはずだ。二人の争いを見ていれば、リモコン付き照明を勧める意欲も失せてしまうだろう。ここが勝負とばかりに店員の援護を当てにして強敵D子に戦いを挑んだ。
「リモコンなどいらないでしょう」
「リモコンってなによっ? ヒモの話をしているのでしょ」
「ヒモが付いていたら切ればいいでしょう」
「最初から付いてなければもっといいじゃない!」
「リモコンなんか使わないよ」
「ヒモだって使わないよ。要らないでしょ。今までもなかったし!」
そろそろいいのじゃないかと思って「援軍」であるべき店員の方にチラリと目をやると、店員は思いもよらぬ行動に出た。
「お二人で話し合って、決まったら知らせて下さい」と言うが早いか、その場をさっさと立ち去ってしまったのだ。
なんたることだ。我家の力関係をしっかりと見抜いて、自分にとって最良の道をチャッカリと選んでいるではないか。罠を仕掛けた猟師のように、ゆっくり休んで帰ってくれば獲物はちゃんと罠にかかっている算段だ。もちろん罠はD子、獲物は私。
「それで、リモコン付き照明を買ったのか」
「『援軍』に逃げられたのです。勝てるわけないでしょ」
「店員のせいにするな。自己責任だ」
「リモコンなど要りません。壁にスイッチがあれば充分です」
「D子さんは使っているんだろう」
「使うわけないでしょう。ヒモが無ければ、それでいいのです」
懇親会の席でMさんに「次のエッセイはなに書くの?」と聞かれた。嬉しかったが、まだ何も決めていない。
「困りましたね~。 どうしましょう」。先輩のSさんに相談した。
「宴席だろう。座を盛り上げる為のお世辞に決まっているじゃないか」
「期待して待っていたら、悪いじゃないですか」
「そんなことは絶対にない! 聞いたことも忘れているはずだ」
でも、万が一ということもある。ともかく「なに書くの?」と問われたのは生まれて初めてだ。何が何でも期待に応えたい。すると、ある光景がパッと浮かんだ。何でもないことかも知れないが、私にとっては夢のような出来事。
顰蹙を買うことを覚悟で書くことにした。ある夏の昼下がり、Bさんから突然電話がかかって来た。「わたし、分かる? 今あなたの家の前の公園、ちょっと出られる」なんだろう。小さな期待と不安が入り交ざった。ともかく出てみよう。公園はすぐそこだ。

彫刻クイズラリーの舞台ともなった中島公園ほぼ中央の「香りの広場」。昔は「百花園」と呼ばれた場所。Bさんは私より年上で、お洒落な人。社交的で何もかも私とは正反対。年上のご主人とは、大きな家での二人暮らし。優雅なものだ。
ベンチのある広場に行ってみたが、見当たらない。見渡すと、やや遠くの方にスラックス姿の女性が一人。洒落た帽子にサングラス、脚を組んでタバコを吹かしていた。遠目で歳は分からない。ひょっとしたらと思ったが、彼女はタバコを吸わない。アチコチ見渡したが、らしい人はいないので念の為近づいてみるとBさんだ。ニヤッと笑って開口一番こう言った。
「私、フランス映画みたいにタバコを吸いながら男を待ってみたかったの」
不思議なことに、幾つになっても、こんなセリフが似合う人だ。
一方わが身を省みれば、粗末な自分ここにあり、という感じだ。
「似合ってますよ。様になっています」と、情けない男役の私。
ところで、この日から数日前Bさんの友達と3人でお茶を飲んだ。遠来のお客様をもてなすつもりで、「ここは私が持ちましょう」と言った。何を勘違いしたかBさんは、「私、男と認めた人からしか奢られたくないのよ」と来たもんだ。
一瞬ムッとしたが、これもBさん独特の気遣いかなと思い直した。私の懐具合を心配してね。だけど、彼女はこの一瞬を見逃さなかったと思う。だから、お返しに来たのだ。 つまり、「男と認めない人」から「男」への昇格を、わざわざ伝えに来てくれたのと思う。Bさんは一見ざっくばらんな感じだが、細かいことを気にする人だ。だから18年も付き合っているが、お互いに年を取ったものだ。
「困りましたね~。 どうしましょう」。先輩のSさんに相談した。
「宴席だろう。座を盛り上げる為のお世辞に決まっているじゃないか」
「期待して待っていたら、悪いじゃないですか」
「そんなことは絶対にない! 聞いたことも忘れているはずだ」
でも、万が一ということもある。ともかく「なに書くの?」と問われたのは生まれて初めてだ。何が何でも期待に応えたい。すると、ある光景がパッと浮かんだ。何でもないことかも知れないが、私にとっては夢のような出来事。
顰蹙を買うことを覚悟で書くことにした。ある夏の昼下がり、Bさんから突然電話がかかって来た。「わたし、分かる? 今あなたの家の前の公園、ちょっと出られる」なんだろう。小さな期待と不安が入り交ざった。ともかく出てみよう。公園はすぐそこだ。

彫刻クイズラリーの舞台ともなった中島公園ほぼ中央の「香りの広場」。昔は「百花園」と呼ばれた場所。Bさんは私より年上で、お洒落な人。社交的で何もかも私とは正反対。年上のご主人とは、大きな家での二人暮らし。優雅なものだ。
ベンチのある広場に行ってみたが、見当たらない。見渡すと、やや遠くの方にスラックス姿の女性が一人。洒落た帽子にサングラス、脚を組んでタバコを吹かしていた。遠目で歳は分からない。ひょっとしたらと思ったが、彼女はタバコを吸わない。アチコチ見渡したが、らしい人はいないので念の為近づいてみるとBさんだ。ニヤッと笑って開口一番こう言った。
「私、フランス映画みたいにタバコを吸いながら男を待ってみたかったの」
不思議なことに、幾つになっても、こんなセリフが似合う人だ。
一方わが身を省みれば、粗末な自分ここにあり、という感じだ。
「似合ってますよ。様になっています」と、情けない男役の私。
ところで、この日から数日前Bさんの友達と3人でお茶を飲んだ。遠来のお客様をもてなすつもりで、「ここは私が持ちましょう」と言った。何を勘違いしたかBさんは、「私、男と認めた人からしか奢られたくないのよ」と来たもんだ。
一瞬ムッとしたが、これもBさん独特の気遣いかなと思い直した。私の懐具合を心配してね。だけど、彼女はこの一瞬を見逃さなかったと思う。だから、お返しに来たのだ。 つまり、「男と認めない人」から「男」への昇格を、わざわざ伝えに来てくれたのと思う。Bさんは一見ざっくばらんな感じだが、細かいことを気にする人だ。だから18年も付き合っているが、お互いに年を取ったものだ。
定年退職して1年後に老人福祉センターの講座に参加した。そこでは小学校の学芸会のようなことをしていた。およそ18年前くらいのことだった。
「12月25日はクリスマス音楽祭です。男性は黒いスーツに蝶ネクタイをして下さい」と先生は言った。ここは高齢者対象の「ヒヨコ英語教室」。 市内に5つある教室が1年に1回、合同でホールを借りきってイベントよやろうという趣向だ。
毎年開いているそうだが、私にとっては初めての音楽祭だ。 正直言って、これはエライことになったと思った。小学校の学芸会以来、舞台など上がったことがないのだ。
唯一の例外があのカラオケだが、私にとって最悪の結果になってしまった。今度は蝶ネクタイまでするのだからやりきれない気持だ。普通なら教室の片隅で大人しくしているところだが、こんな理不尽な要求を突きつけられて、黙ってはいられない。間髪入れず異議を唱えた。
「蝶ネクタイは持っていませんが…」。私にとっては精一杯の抵抗だ。
「ご心配いりません。百円ショップで売ってます」と、軽くかわされてしまった。
この教室には分別のありそうなシニアが28人もいる。私が口火を切りさえすれば、「嫌だ。嫌よ」の大合唱が始まると期待したのだが…。
「一人ひとり買いに行くのも能がないので、私が取りまとめて買ってきましょう」と仰る方まで現れた。これも確かに分別だ。 それだけではない。事態は私の思惑に反する方向に、どんどん進んで行った。
「先生、女性は白いブラウスに黒のスカートがいいと思いますが…」
「胸に赤いバラをつけるのはどうでしょう」
「男性もつけてもいいですか?」
一体どうしたことだ! ここでは私の所属していた社会とはまったく違う常識が支配している。 変わらなければならないのは私なのか? 信じたくはないが そうらしい。
こんな苦労までして「ヒヨコ英語教室」にしがみつくのには訳がある。今まで参加したサークルは幾つもあるが、すべて三日以内に止めている。今度ばかりは1年は続けようと固く誓ったのだ。
こうして音楽祭は始まった。意外なことに、ほとんどの方々が、歌うときも見るときも、楽しそうに生き生きしている。しかし、考えてみれば当然だ。嫌な人は来なくていいのだから。
音楽祭には、4年で4回参加した。「英語教室」といっても年末の音楽祭に備えて半分くらいは歌の練習だ。ただ歌うだけで特別な指導があるわけでない。だから4年間も続けられたのだと思う。隣でAさんが、きれいな声で歌っているのが聞こえる。聞き耳を立てながら、小さな声で合わせたつもりで歌ってみるとなかなか気分がいい。こんなことを4年間も続けてきた。
Aさんと知り合って5年後、カラオケに誘ってくれた。Aさん達は私の「カラオケ禁止事件」を知っている。不本意だろうが、4年も一緒に同じ歌を歌ってきた仲だ。長い付き合いなので、下手もオンチも承知のはずだ。その上でのお誘いなので喜んで応じた。
楽しめるには、ちゃんとした理由がある。上手いも下手も、パチパチもない。ひたすら順番がきたら歌うだけだが、これがなかなかいいのだ。評価も指導まがいの口出しもない。 どだい、そんなこと出来るわけがない。お喋りに夢中で私の歌など聞いてないのだから。すべてが自然だ。自分達がやりたい様にしていたら、楽しいカラオケ会になってしまった。
「12月25日はクリスマス音楽祭です。男性は黒いスーツに蝶ネクタイをして下さい」と先生は言った。ここは高齢者対象の「ヒヨコ英語教室」。 市内に5つある教室が1年に1回、合同でホールを借りきってイベントよやろうという趣向だ。
毎年開いているそうだが、私にとっては初めての音楽祭だ。 正直言って、これはエライことになったと思った。小学校の学芸会以来、舞台など上がったことがないのだ。
唯一の例外があのカラオケだが、私にとって最悪の結果になってしまった。今度は蝶ネクタイまでするのだからやりきれない気持だ。普通なら教室の片隅で大人しくしているところだが、こんな理不尽な要求を突きつけられて、黙ってはいられない。間髪入れず異議を唱えた。
「蝶ネクタイは持っていませんが…」。私にとっては精一杯の抵抗だ。
「ご心配いりません。百円ショップで売ってます」と、軽くかわされてしまった。
この教室には分別のありそうなシニアが28人もいる。私が口火を切りさえすれば、「嫌だ。嫌よ」の大合唱が始まると期待したのだが…。
「一人ひとり買いに行くのも能がないので、私が取りまとめて買ってきましょう」と仰る方まで現れた。これも確かに分別だ。 それだけではない。事態は私の思惑に反する方向に、どんどん進んで行った。
「先生、女性は白いブラウスに黒のスカートがいいと思いますが…」
「胸に赤いバラをつけるのはどうでしょう」
「男性もつけてもいいですか?」
一体どうしたことだ! ここでは私の所属していた社会とはまったく違う常識が支配している。 変わらなければならないのは私なのか? 信じたくはないが そうらしい。
こんな苦労までして「ヒヨコ英語教室」にしがみつくのには訳がある。今まで参加したサークルは幾つもあるが、すべて三日以内に止めている。今度ばかりは1年は続けようと固く誓ったのだ。
こうして音楽祭は始まった。意外なことに、ほとんどの方々が、歌うときも見るときも、楽しそうに生き生きしている。しかし、考えてみれば当然だ。嫌な人は来なくていいのだから。
音楽祭には、4年で4回参加した。「英語教室」といっても年末の音楽祭に備えて半分くらいは歌の練習だ。ただ歌うだけで特別な指導があるわけでない。だから4年間も続けられたのだと思う。隣でAさんが、きれいな声で歌っているのが聞こえる。聞き耳を立てながら、小さな声で合わせたつもりで歌ってみるとなかなか気分がいい。こんなことを4年間も続けてきた。
Aさんと知り合って5年後、カラオケに誘ってくれた。Aさん達は私の「カラオケ禁止事件」を知っている。不本意だろうが、4年も一緒に同じ歌を歌ってきた仲だ。長い付き合いなので、下手もオンチも承知のはずだ。その上でのお誘いなので喜んで応じた。
楽しめるには、ちゃんとした理由がある。上手いも下手も、パチパチもない。ひたすら順番がきたら歌うだけだが、これがなかなかいいのだ。評価も指導まがいの口出しもない。 どだい、そんなこと出来るわけがない。お喋りに夢中で私の歌など聞いてないのだから。すべてが自然だ。自分達がやりたい様にしていたら、楽しいカラオケ会になってしまった。
「このコート10年も着ているんだけど、15万もしたかと思うとなかなか棄てられないね」とAさん。
コートをハンガーから外して触ってみた。手触りが良くて気持いい。手にとって見るとふわりと軽い。いい臭いがした。
「いつまでも触ってないで、さっさと、曲選んで、あんたが先よ。一番若いんだから」。そうなのだ。ここでは私が一番若い。
こうして、月1回のカラオケは始まった。始まったら最後、3人で3時間休み無しの3交替。お喋りは騒音の中で残った二人が大声でする。終わった頃には、もうガラガラのへとへとだ。
考えてみれば、私は歌を禁じられている身だ。酔っ払いの言うことだから理屈もへったくれもない。ただ「お前は歌うな」の繰り返しで禁止されてしまった。ことの起こりは、およそ35年前、場末のキャバレー風大型飲み屋。酔いがまわった頃、誰が言うでもなく交代で歌おうということになった。私はカラオケなどやったことが無いので「嫌だ」といったら、お節介なのが出て来て「オレが一緒に歌ってあげる」とか言って、私をグイグイ舞台に引っ張り上げた。
ところが、舞台に上がってみると、気が変わり、どんな風に歌ったか覚えてはいないが、3番まで気持ちよく歌ってしまった。 これが後で問題を引き起こすとは夢にも思わなかった。それから、およそ半年後、男3人で飲んでいたら、酔っ払った一人が突然絡んできた。
「お前はなぁ~、下手なくせになぜ歌うんだ!」
「順番だから歌えと言うから、仕方なく…」
「お前はなっ!歌えと言われても歌ったらダメなんだ」
首を振るな、傾げるな、声震わせるな、腰くねらすな、気分出すな、その他もろもろ、よくもこんなに覚えていたものだ。酔っ払っているから、同じことをなんども繰り返えす。延々と何時間も続き、家に帰ったら午前2時を回っていた。絡んだ同僚はカラオケの名手で、下手な人間を許せなかったのかも知れない。
酔って自分を失って無意識に出てきた言葉が「お前は歌うな」だ。世の中でこれほど真実な叫びはない。以後、私は24年間人前で歌ったことがない。彼は礼儀正しい、親切な人だ。転勤のときも最後まで面倒をみてくれた。別な土地で再会したときも、自宅に呼んで歓待してくれた。彼は自分の言ったことを覚えているだろうか。こればかりは永遠の謎。お互いに触れたことがないのである。
コートをハンガーから外して触ってみた。手触りが良くて気持いい。手にとって見るとふわりと軽い。いい臭いがした。
「いつまでも触ってないで、さっさと、曲選んで、あんたが先よ。一番若いんだから」。そうなのだ。ここでは私が一番若い。
こうして、月1回のカラオケは始まった。始まったら最後、3人で3時間休み無しの3交替。お喋りは騒音の中で残った二人が大声でする。終わった頃には、もうガラガラのへとへとだ。
考えてみれば、私は歌を禁じられている身だ。酔っ払いの言うことだから理屈もへったくれもない。ただ「お前は歌うな」の繰り返しで禁止されてしまった。ことの起こりは、およそ35年前、場末のキャバレー風大型飲み屋。酔いがまわった頃、誰が言うでもなく交代で歌おうということになった。私はカラオケなどやったことが無いので「嫌だ」といったら、お節介なのが出て来て「オレが一緒に歌ってあげる」とか言って、私をグイグイ舞台に引っ張り上げた。
ところが、舞台に上がってみると、気が変わり、どんな風に歌ったか覚えてはいないが、3番まで気持ちよく歌ってしまった。 これが後で問題を引き起こすとは夢にも思わなかった。それから、およそ半年後、男3人で飲んでいたら、酔っ払った一人が突然絡んできた。
「お前はなぁ~、下手なくせになぜ歌うんだ!」
「順番だから歌えと言うから、仕方なく…」
「お前はなっ!歌えと言われても歌ったらダメなんだ」
首を振るな、傾げるな、声震わせるな、腰くねらすな、気分出すな、その他もろもろ、よくもこんなに覚えていたものだ。酔っ払っているから、同じことをなんども繰り返えす。延々と何時間も続き、家に帰ったら午前2時を回っていた。絡んだ同僚はカラオケの名手で、下手な人間を許せなかったのかも知れない。
酔って自分を失って無意識に出てきた言葉が「お前は歌うな」だ。世の中でこれほど真実な叫びはない。以後、私は24年間人前で歌ったことがない。彼は礼儀正しい、親切な人だ。転勤のときも最後まで面倒をみてくれた。別な土地で再会したときも、自宅に呼んで歓待してくれた。彼は自分の言ったことを覚えているだろうか。こればかりは永遠の謎。お互いに触れたことがないのである。
「家庭的で良い夫」と言われてきた私だが、人生黄昏ともなれば、「これでいいのか」との思いも芽生えてくる。
女性6人男性2人のグループで忘年ランチ会を開いた。喫茶店での二次会に移り、お馴染みの話題でお喋りも盛り上がっていた。もしも宝くじで3億円当ったらどう使おうという、あの話である。
「私なら豪華客船に乗って世界一周旅行がいいな」
「それじゃ余っちゃうよ。2億円の豪華マンションを買って~、残りはどうしようかな」
「何をつまらないこと言ってるのよ。3億くらい自由に使っていれば、いつの間にか無くなってしまうよ」
こう言い放ったのは海外、国内問わず1年の内半分は旅行している、お金持ち風のA子さんだが、突然こちらを向くと、「アンタさっきから黙っているけど、何に使いたいの?」
急に振られた私は、その場の空気も読めず、思わず本音を漏らしてしまった。
「私は、若者を育てるというか、奨学金にするのがいいと思います」
「何を格好つけてるのよ~。モテようと思ってぇ~」
「お金は教育の為に使うのが一番良いと思いますが…」
「いいから、いいから、次のひと~」
人にものを尋ねたら最後まで聞いて欲しい。私は札幌の至宝「中島公園」を良好な状態に維持して次世代に引き継ぎたいと考えている。このままにしておけば都会の波に飲み込まれてしまうだろう。ビルに囲まれた、藻岩山の見えない中島公園。果たして、これは先人が望んだ姿であろうか。
この状態を打開する為には、若い優秀な頭脳と力が必要だ。本来、自治体や国が行うべきことだが、彼らは現状を認識することさえ出来ない。もし3億円あれば、起爆剤としては充分だ。これを有効に使わない手はない。
A子さんも、なんやかや言っても十年ごしの付き合いだ。皆との話が途切れれば、私の話も聞いてくれる。しかし、反応は相変わらず厳しい。
「あんた、ケチのくせに、考えることだけは気前いいのね~」
「少しは見直して頂けたでしょうか」
「ケチと無教養はダメよ。亭主より格好の悪い男もダメ!」
「ご主人はヨボヨボのガリガリと伺っておりますが…」
「やせても枯れても、伝統あるH大スキー部のキャプテンよ」
「それは昔でしょ。今はどうなんです」
「社長よ!」
15年間の付き合いだが、A子さんの夫が社長とは初めて聞いた。これだからシニアの付き合いは面白い。 再び話題を3億円に戻そう。もしも3億円当たったら、迷わず中島公園救済の為、びた一文余すことなく使うだろう。 宝くじを当てた人間が、滅び行く老舗公園の未来の為に使う。自分の運を活かす為、社会に還元する。至極当然のことである。決して格好つけているわけではない。
「それで…。あんた、何枚買ったのよ~」
「… … …」
「え~ぇ。買ってないの~ぉ。あ・き・れ・た」
「…」
女性6人男性2人のグループで忘年ランチ会を開いた。喫茶店での二次会に移り、お馴染みの話題でお喋りも盛り上がっていた。もしも宝くじで3億円当ったらどう使おうという、あの話である。
「私なら豪華客船に乗って世界一周旅行がいいな」
「それじゃ余っちゃうよ。2億円の豪華マンションを買って~、残りはどうしようかな」
「何をつまらないこと言ってるのよ。3億くらい自由に使っていれば、いつの間にか無くなってしまうよ」
こう言い放ったのは海外、国内問わず1年の内半分は旅行している、お金持ち風のA子さんだが、突然こちらを向くと、「アンタさっきから黙っているけど、何に使いたいの?」
急に振られた私は、その場の空気も読めず、思わず本音を漏らしてしまった。
「私は、若者を育てるというか、奨学金にするのがいいと思います」
「何を格好つけてるのよ~。モテようと思ってぇ~」
「お金は教育の為に使うのが一番良いと思いますが…」
「いいから、いいから、次のひと~」
人にものを尋ねたら最後まで聞いて欲しい。私は札幌の至宝「中島公園」を良好な状態に維持して次世代に引き継ぎたいと考えている。このままにしておけば都会の波に飲み込まれてしまうだろう。ビルに囲まれた、藻岩山の見えない中島公園。果たして、これは先人が望んだ姿であろうか。
この状態を打開する為には、若い優秀な頭脳と力が必要だ。本来、自治体や国が行うべきことだが、彼らは現状を認識することさえ出来ない。もし3億円あれば、起爆剤としては充分だ。これを有効に使わない手はない。
A子さんも、なんやかや言っても十年ごしの付き合いだ。皆との話が途切れれば、私の話も聞いてくれる。しかし、反応は相変わらず厳しい。
「あんた、ケチのくせに、考えることだけは気前いいのね~」
「少しは見直して頂けたでしょうか」
「ケチと無教養はダメよ。亭主より格好の悪い男もダメ!」
「ご主人はヨボヨボのガリガリと伺っておりますが…」
「やせても枯れても、伝統あるH大スキー部のキャプテンよ」
「それは昔でしょ。今はどうなんです」
「社長よ!」
15年間の付き合いだが、A子さんの夫が社長とは初めて聞いた。これだからシニアの付き合いは面白い。 再び話題を3億円に戻そう。もしも3億円当たったら、迷わず中島公園救済の為、びた一文余すことなく使うだろう。 宝くじを当てた人間が、滅び行く老舗公園の未来の為に使う。自分の運を活かす為、社会に還元する。至極当然のことである。決して格好つけているわけではない。
「それで…。あんた、何枚買ったのよ~」
「… … …」
「え~ぇ。買ってないの~ぉ。あ・き・れ・た」
「…」
「野鳥の会の人はね。野鳥に餌をやってはいけないというのよ。一体なに考えているんでしょうね。『中島公園の鴨が野鳥ですか?』って言いたいのよ。パンやらなきゃ皆、死んじゃうよ。歩いているとこ見てごらん。腹が地べたにくっついているじゃない。太りすぎよ。シベリアどころか、ウトナイ湖までだって飛べやしないよ」
Kちゃんは次第に興奮してきた。私はうなずきながらも、なだめるように言った。
「全くそのとおりです。その話ラジオで話しましょうか」
「ラジオって?」
「”ラジオなかぱ”です。知らないと思いますが……」
Kちゃんに促されて、番組の概略について話した。聞き終わると彼女は、驚いたことに、店内のお客さんに向って、こう呼びかけました。
「みなさん、こちらの方ラジオで中島公園のことを話していらっしゃるの。次の放送はXX月XX日ですから、皆でお店で聞きましょう!」
気持ちは有難いけど、何となく不安だ。
「オレ、ラジオ好きだよ」
「犬の散歩は中島公園」
「ボク、山鼻に住んでるの」
とか店内のお客さんの反応は、予想に反して極めて好意的だった。それに気を好くして、あらかじめ用意しておいた、名刺型チラシをぺこぺこ頭を下げながら配った。
そして店を出る。
「あの人、いい人だね」エレベーターに乗っていた見知らぬ男が、私に声をかけた。エレベーターの前では見送りに来ていたKちゃんが、ニコニコしながら手を振っている。
「あの方はスナックHのママです。お店の中はカモでいっぱいですよ」
「おっと危ない!カモになるのは、ごめんだよ」
「写真や人形のことですが……」
と言いかけたが何となく言いそびれた。
Kちゃんは次第に興奮してきた。私はうなずきながらも、なだめるように言った。
「全くそのとおりです。その話ラジオで話しましょうか」
「ラジオって?」
「”ラジオなかぱ”です。知らないと思いますが……」
Kちゃんに促されて、番組の概略について話した。聞き終わると彼女は、驚いたことに、店内のお客さんに向って、こう呼びかけました。
「みなさん、こちらの方ラジオで中島公園のことを話していらっしゃるの。次の放送はXX月XX日ですから、皆でお店で聞きましょう!」
気持ちは有難いけど、何となく不安だ。
「オレ、ラジオ好きだよ」
「犬の散歩は中島公園」
「ボク、山鼻に住んでるの」
とか店内のお客さんの反応は、予想に反して極めて好意的だった。それに気を好くして、あらかじめ用意しておいた、名刺型チラシをぺこぺこ頭を下げながら配った。
そして店を出る。
「あの人、いい人だね」エレベーターに乗っていた見知らぬ男が、私に声をかけた。エレベーターの前では見送りに来ていたKちゃんが、ニコニコしながら手を振っている。
「あの方はスナックHのママです。お店の中はカモでいっぱいですよ」
「おっと危ない!カモになるのは、ごめんだよ」
「写真や人形のことですが……」
と言いかけたが何となく言いそびれた。
2回目の訪問でようやく入店できた。
「わたくし、カモ博士と言われてますの」
「中島公園カモ番記者です。1月の鴨の水辺危機の際には多少なりとも、お役にたったのではないかと自負しています」
「あれは、わたくしが、お電話差し上げたので鴨ちゃんが助かったのよ」とKさん。
あれとは、河川工事の為、鴨々川の水が止められ、行き場を失ったカモたちが上空を右往左往したこと。エサを求めて川から地下鉄幌平橋駅まで歩いて来たカモでいっぱいになったこと。これが新聞に載り、ある程度緩和され、カモの異常行動が治まった話題のことである。
薄野の西にある「小さなスナック」での会見は、見栄の張り合いで始まった。
「初めて会ったとき、私のこと怖いと思わなかった? 私も怖いのよ。ナンパする人いるんだから」
あれは3年前のこと。中島公園でママさんが鴨に餌をやる姿を見て、「こんにちは」と声をかけると、私をジロリと見て、そっぽを向くではないか。ずいぶん愛想のない人だなと思った。以来2年半、公園内でのすれ違いが、数え切れないほどあったが、お互いに知らん振りしていた。
「お客さんから何と呼ばれますか」
「ママさん、ママ、ババア、Kさん、Kちゃん」
「ババアはひどいですね。Kちゃんにしましょう。息子と同じくらいですから」
Kちゃんは若いころ、視力が下がる病気に罹ったそうだ。医者から緑を見るように薦められ、近くの中島公園に通うようになった。そこで出会った鴨が愛らしく、やみつきになったそうだ。以来13年間、吹雪の日も病気の日も、休むことなく、鴨に餌を与え続けている。
「わたくし、カモ博士と言われてますの」
「中島公園カモ番記者です。1月の鴨の水辺危機の際には多少なりとも、お役にたったのではないかと自負しています」
「あれは、わたくしが、お電話差し上げたので鴨ちゃんが助かったのよ」とKさん。
あれとは、河川工事の為、鴨々川の水が止められ、行き場を失ったカモたちが上空を右往左往したこと。エサを求めて川から地下鉄幌平橋駅まで歩いて来たカモでいっぱいになったこと。これが新聞に載り、ある程度緩和され、カモの異常行動が治まった話題のことである。
薄野の西にある「小さなスナック」での会見は、見栄の張り合いで始まった。
「初めて会ったとき、私のこと怖いと思わなかった? 私も怖いのよ。ナンパする人いるんだから」
あれは3年前のこと。中島公園でママさんが鴨に餌をやる姿を見て、「こんにちは」と声をかけると、私をジロリと見て、そっぽを向くではないか。ずいぶん愛想のない人だなと思った。以来2年半、公園内でのすれ違いが、数え切れないほどあったが、お互いに知らん振りしていた。
「お客さんから何と呼ばれますか」
「ママさん、ママ、ババア、Kさん、Kちゃん」
「ババアはひどいですね。Kちゃんにしましょう。息子と同じくらいですから」
Kちゃんは若いころ、視力が下がる病気に罹ったそうだ。医者から緑を見るように薦められ、近くの中島公園に通うようになった。そこで出会った鴨が愛らしく、やみつきになったそうだ。以来13年間、吹雪の日も病気の日も、休むことなく、鴨に餌を与え続けている。
可愛い水鳥の鴨は大好きだが、いわゆるカモにはなりたくない。音痴でハゲでカモだなんて余りにも情けないではないか。だけど鴨友達としてお店には行ってみたい気持ちはある。夜の街に馴染みの店があるというのも格好いいような気がするのだ。
Kさんに初めて声をかけたのは7月下旬のことだった。4番目に現れた、母子鴨の追跡中に出会ったのである。私は識別のため母子鴨に名前をつけていた。最初に見たたときの数を入れ、親しみを込めて適当に名付けている。今回現れた親子には「今さら十郎一家」と名付けた。
時期遅れなのに10羽も巣立ったのを喜び「十郎」とした。遅い出現なので「今さら」、小柳ルミ子さんの「今さらジロー」が好きなので語呂を合わせて「今さらジュウロー」。なんとなくなんとなく気に入っている。
Kさんはいつものように、レジ袋に入れたパンの耳を少しずつ、取っては撒いていた。「6羽しか見えませんね~。又1羽(カラスに)獲られたのかな~」と話しかけると、「あの子は小さいくせに、すぐ単独行動をとるのよ。あっち!」と指をさす。
「凄い!」と思わずつぶやいた。彼女は同じ日に巣立った子鴨の、大きさの違いが分かるのだ。以来、野鳥観察の達人として尊敬するようになった。そんなKさんが、私をカモにする筈はないのだ。
7時頃行ったが、シャッターが降りていたので、本屋で立ち読みして8時ごろ、また行ったら閉まっていた。ずいぶん遅い開店だなと思った。いったいどんな営業をしているのだろうか。
友人からは「お店に一緒に行ってあげよう」との、有難い申し出もあったが一人で行くつもりだ。 どんな店か、何が起こるか分からないからでである。 私1人なら、何があろうと「土下座と死んだふり」で何とか切り抜けられるが、連れがいてはそうも行かない。なぜか勇気を振り絞って行く気になってしまった。
Kさんに初めて声をかけたのは7月下旬のことだった。4番目に現れた、母子鴨の追跡中に出会ったのである。私は識別のため母子鴨に名前をつけていた。最初に見たたときの数を入れ、親しみを込めて適当に名付けている。今回現れた親子には「今さら十郎一家」と名付けた。
時期遅れなのに10羽も巣立ったのを喜び「十郎」とした。遅い出現なので「今さら」、小柳ルミ子さんの「今さらジロー」が好きなので語呂を合わせて「今さらジュウロー」。なんとなくなんとなく気に入っている。
Kさんはいつものように、レジ袋に入れたパンの耳を少しずつ、取っては撒いていた。「6羽しか見えませんね~。又1羽(カラスに)獲られたのかな~」と話しかけると、「あの子は小さいくせに、すぐ単独行動をとるのよ。あっち!」と指をさす。
「凄い!」と思わずつぶやいた。彼女は同じ日に巣立った子鴨の、大きさの違いが分かるのだ。以来、野鳥観察の達人として尊敬するようになった。そんなKさんが、私をカモにする筈はないのだ。
7時頃行ったが、シャッターが降りていたので、本屋で立ち読みして8時ごろ、また行ったら閉まっていた。ずいぶん遅い開店だなと思った。いったいどんな営業をしているのだろうか。
友人からは「お店に一緒に行ってあげよう」との、有難い申し出もあったが一人で行くつもりだ。 どんな店か、何が起こるか分からないからでである。 私1人なら、何があろうと「土下座と死んだふり」で何とか切り抜けられるが、連れがいてはそうも行かない。なぜか勇気を振り絞って行く気になってしまった。
私は親子のマガモが大好きだ。もちろん、オシドリの親子も大好きだが、見ることは少ない。その他の親子水鳥ではオオセグロカモメを時々見るくらいだが、カモ類のように親子でゾロゾロは見たことがない。
中島公園に親子鴨が現れると毎日のように観察するので、鴨番記者と言われている。私自身もそう呼ばれて悪い気はしない。と言うことで、親子鴨を観察している人には情報交換のため気軽に声をかける。
「あの子はね。直ぐ迷子になるのよ」とか、「あの子は羽に傷があるの」とか鋭い観察をしている女性がいた。かなりの野鳥通と見受けたが、ここでは名前をKさんとしておこう。聞いたわけではないからね。
公園の中を鴨談義をしながら歩いた。Kさんは「ウチにはね、鴨の写真もいっぱいあるのよ。お店やっているの」と言った。夜の街に一人では行ったことはないが、行ってみようかなと思った。
このことを友人に話すと、意外な反応が返ってきた。「店って、スナックだよな。飲み放題だけで3500円か~。安くはないね。お客も少ないだろう。楽じゃないだろうな」「何をいいたいの?」少し気分を悪くして、聞き返した。
「こうゆうことだよ。妙齢の美人が一人、寂しそうにカモに餌をまく。その姿を見て鴨好きな男が声をかける。つまり、餌やりはママさんの営業活動。経費は50円のパンの耳代だけだ。薄野でチラシ配るより、よっぽど安上がりだぞ」
そういえばKさんがカモにエサをやっている姿をみたことがある。
「でも、カモが好きみたいですよ」
「お前がカモなんだ。カモが居なけりゃ仕事にならない」
中島公園に親子鴨が現れると毎日のように観察するので、鴨番記者と言われている。私自身もそう呼ばれて悪い気はしない。と言うことで、親子鴨を観察している人には情報交換のため気軽に声をかける。
「あの子はね。直ぐ迷子になるのよ」とか、「あの子は羽に傷があるの」とか鋭い観察をしている女性がいた。かなりの野鳥通と見受けたが、ここでは名前をKさんとしておこう。聞いたわけではないからね。
公園の中を鴨談義をしながら歩いた。Kさんは「ウチにはね、鴨の写真もいっぱいあるのよ。お店やっているの」と言った。夜の街に一人では行ったことはないが、行ってみようかなと思った。
このことを友人に話すと、意外な反応が返ってきた。「店って、スナックだよな。飲み放題だけで3500円か~。安くはないね。お客も少ないだろう。楽じゃないだろうな」「何をいいたいの?」少し気分を悪くして、聞き返した。
「こうゆうことだよ。妙齢の美人が一人、寂しそうにカモに餌をまく。その姿を見て鴨好きな男が声をかける。つまり、餌やりはママさんの営業活動。経費は50円のパンの耳代だけだ。薄野でチラシ配るより、よっぽど安上がりだぞ」
そういえばKさんがカモにエサをやっている姿をみたことがある。
「でも、カモが好きみたいですよ」
「お前がカモなんだ。カモが居なけりゃ仕事にならない」
2003年3月にホームページ「中島パフェ」を開設した。中島公園についていろいろ書いていたが、その中には趣味の雑文もあった。これを本体である「中島パフェ」から切り離し「男のエッセイ」とのタイトルでブログを開設した。
12年後に読んでみると、今書いている「空白の22年間」や「音痴のカラオケ」よりも面白い。自分でそう思うだけだが65歳から78歳になった年齢のせいかも知れない。もともと「(情けない)男のエッセイ」つもりだったから新カテゴリは「情けない男」とした。エッセイというほどでもない駄文である。
「空白の22年間」と「音痴のカラオケ」はなるべく多くの人にも読んで欲しいと思っている。このブログについては純粋に自分が楽しむために書くことにした。自分が楽しむためだから、いつから書くかも決めていない。書きたくなったら書こうと思っている。
12年後に読んでみると、今書いている「空白の22年間」や「音痴のカラオケ」よりも面白い。自分でそう思うだけだが65歳から78歳になった年齢のせいかも知れない。もともと「(情けない)男のエッセイ」つもりだったから新カテゴリは「情けない男」とした。エッセイというほどでもない駄文である。
「空白の22年間」と「音痴のカラオケ」はなるべく多くの人にも読んで欲しいと思っている。このブログについては純粋に自分が楽しむために書くことにした。自分が楽しむためだから、いつから書くかも決めていない。書きたくなったら書こうと思っている。
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