朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
2010年8月4日北海道新聞「朝の食卓」掲載

中島公園の変遷は札幌の歴史そのものなので、ときには意外な発見もある。「木下成太郎像」も、その一つだ。菖蒲池東側のひっそりとした林の中に鎮座するブロンズ像が、日本美術史上極めて貴重な作品とは夢にも思わなかった。

およそ3年前、その像が、日本を代表する彫刻家朝倉文夫(1883年~1964年)の作品と聞いたときはビックリした。 基壇は傷み、石と石のすき間から雑草がボウボウ生えたまま放置されていたからだ。

日本だけで310万人もの犠牲者を出した第二次世界大戦が終結して65年たつ。 日本は戦争で人だけでなく、多くの美術品をも犠牲にしたが、日本美術界の重鎮であった朝倉のブロンズ像400点余も、戦時中の金属供出のためにつぶされた。 そして大砲などにされ、そのほとんどが失われた。

この様な状況の中で、朝倉の作品が台座と基壇と共に、残されたことは、奇跡と言ってもよいと思う。3年前から「札幌彫刻美術館友の会(橋本信夫会長)」の呼びかけで中島公園の野外彫刻清掃運動が始まり、老若男女が参加する幅広い市民運動へと発展して行った。

去年の秋、札幌市がこのブロンズ像の基壇等を補修、整備した。基壇のすき間はなくなり、見えにくい文字も鮮明になった。 市民の地道な活動が市当局を動かしたのだろうか。

【2018/01/31 00:02】 | 朝の食卓
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2010年6月23日北海道新聞「朝の食卓」掲載

自分はカラオケ嫌いと思っていたが、偶然歌ったことがきっかけで、大好きなことが分かった。そもそも歌うことが嫌いな人などいないからカラオケ嫌いは周囲の人によって作られるのだと思う。

30年ほど前、場末のカラオケパブで、職場の懇親会があった。経験のない私は歌わないつもりだったが、おせっかいな人のせいで舞台に立つはめになった。「僕が応援してあげよう」とか言って、私の手をぐいぐい引くのだ。ところが、歌いだすと気が変わり、3番までしっかりと歌ってしまった。 後日、上司から注意された。「おまえは下手なんだから歌うな」と繰り返し言うのだ。

こうしてカラオケ嫌いになったが、それが最近、仲間内のカラオケ会に偶然参加したことがきっかけで変わった。最初はもちろん断ったが、2人がかりで両腕をとられステージまで強制連行されたのだ。 30年前と同じ状況で、またもや伴奏が始まると歌う気になってしまった。

ただ、結果は大きく違い、初めて歌う私を歓迎する温かい気持ちが伝わってきた。 誘われるままに次の例会にも出て歌うと「うまくなったね」と言われうれしくなった。カラオケは好きになるも嫌いになるも、周り次第だと思った。好きな歌を人前で歌うことは、やっぱり楽しい

【2017/12/30 05:14】 | 朝の食卓
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2010年5月15日北海道新聞「朝の食卓」掲載

JR札幌駅から中島公園まで、約2Kmの駅前通を真っすぐ南に歩いてみよう。新しい街から古い街へと、札幌の歴史をさかのぼるような気がして楽しい。超高層ビルJRタワーのある札幌駅前の地下に降りると、工事中の地下通路をガラス越しに見ることが出来る。後1年足らずで巨大な地下都市が誕生する。

大通公園を過ぎて5分も歩けば、明治初期からの歴史がある狸小路商店街だ。5丁目には「狸神社」と呼ばれる本陣狸大明神社がある。さらに南に行くと歓楽街ススキノだが、南7条では東に新栄寺、西に豊川稲荷が見える。この辺りは寺が多い。

駅前通の終点は中島公園だ。ここには移設された国指定重要文化財がある。江戸時代の茶室八窓庵と貴賓用ホテルとして明治13年に建築された豊平館である。最近注目されているのが東側の林の中に鎮座する「木下成太郎先生像」だ。作者の朝倉文夫は東洋のロダンと称される彫刻家だが、戦時中の金属供出のために400点余の彫像はほとんどが失われた。ブロンズ像として残された作品は珍しい。

札幌駅から中島公園への散歩は小さな旅だが、123年をたどる長い歴史の旅でもある。大通公園以北は未来の街、狸小路以南は歴史ある街、そんな印象を与えてくれる駅前通歴史散歩である。

【2017/11/30 08:48】 | 朝の食卓
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2010年3月29日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「日本語ボランティア『窓』」は、在日外国人の日本語学習を支援する団体である。その勉強会にお手伝いで参加したことがあるその日は、3人のモンゴル人女性留学生を受け持った。勉強する態度は真剣だ。日本語を一日も早く身に付けたいという、切実な気持ちが私の心に伝わってくる。

学習は順調に進んだが、うろ覚えの日本語文法でつまずき始めた。「助詞ノアトニ助詞デヨイデスカ?」と聞かれても、よく分からない。純真な六つの目が私を見つめている。緊張して口が渇いてきた。助けを求めに待合室に行ったものの、待機しているほかのボランティアの先生は一人もいない。偶然、「窓」の代表の姿を見受けたので、思い切ってお願いした。見習いの小僧が、親方に指図するようなものだが、この際仕方がなかった。

私はモンゴルの少女たちに、よい印象を持って故国に帰ってほしいと願っていたし、代表も同じ気持ちに違いない。待合室から隠れるようにして教室をのぞくと、留学生3人が代表を囲んで熱心に勉強している姿が見え、ひと安心した。真剣に学ぶ外国人と、それを支援するボランティア。私も日本語指導法を勉強して再挑戦したいと思う。

【2017/10/31 14:48】 | 朝の食卓
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2010年2月17日北海道新聞「朝の食卓」掲載

7年前、札幌・中島公園の魅力を紹介するホームページ(HP)「中島パフェ」を開設したとき、大勢の人にメールで知らせたら、「HPの基本がなっていない!」と厳しい反応もあった。そんなとき、テレビ報道で「札幌シニアネット(SSN)」のことを知った。 シニア世代の学習会、クラブ活動など多彩なメニューがある。教えあいが基本なので講師も会員。受講料などの負担も実費のみだ。早速、入会し、HP作成の勉強を始めた。

20人の教室で学び始め、最初はサッパリ分からず悩んでいたら、「復習会をしませんか」と、メールが来た。渡りに船と思い、4人の勉強会に参加した。 「難しくてついて行けません」と言うと、ほかの会員から「実は、私もそうなのです。分からない所を教えあいましょう」と言われホッとした。皆さんの笑顔で気持ちも楽になり、勉強する意欲もわいてきた。

会の理念「学び合い 支え合い 助け合い」のとおりに運営されていることが素晴らしい。それが会員の生き甲斐となり、経費の節約にもなるのだから、一石二鳥だ。そのころ、政府が545億円もかけた「IT(情報技術)講習会」にも参加したが、実にもったいないと思った。そこでは得るものはあまりなかったが、SSN学習会で学んだことは今もHPの情報発信に役立っている。

【2017/09/30 20:28】 | 朝の食卓
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2010年1月24日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「禍を転じて福となす」というが、Yさんとの出会いは、まさにそのようなケースだった。酒席で、酔った男性から「あんたのラジオはつまらないから止めろ」と言われて深く傷ついた。気持ちがなえたまま、放送日を迎え、思わず「止めようかな」とか言ってしまった。

すぐに、メールが届いた。「止めないで下さい。私は聴くのを楽しみにしています」と書いてあった。意外にもオーストラリアからの発信だ。一瞬、「どうやって?」と思ったが、インターネットで番組ブログの録音を聴いてくれたそうだ。 

そのメールの主、Yさんは札幌市出身で中島公園の近くで育ち、20年前に縁あってオーストラリアに移住した女性。インターネットで中島公園の魅力を紹介するホームページ「中島パフェ」と出会い、私がラジオで話していることを知ったという。メールの交換を始めて半年後、うれしい知らせが届いた。 大学生の娘さんと一緒に、中島公園に遊び来てくれるというのだ。

公園内の菖蒲池で、愛らしい親子ガモが泳ぐ夏のひととき。初対面の3人はすぐに打ち解け、北海道の味覚も楽しんだ。ホームページやコミュニティーラジオにかかわり、さまざまな人と出会う。定年後の暮らしは、思いのほか充実している。

【2017/09/09 08:57】 | 朝の食卓
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