朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
地下鉄でのことだが、席がないので棒に掴まって立っていた。若者がカバンを横に置いて二人分の席を占有している。その前に立っているお婆さんが「あなた、カバンを膝に乗せて頂けません」と言った。

いい度胸しているなと感心した。一方、若者の方はどうしたかと言うと。何かに気付いたように、ニッコリ笑うと「すみません」と言って立ってしまった。手には重そうなカバンを下げている。

お婆さんは座らない。若者は立ったまま。こんな状況では「座りたい病」の私でも座ることに躊躇する。一瞬のことだが、二人分の空席のそばに、ヨボヨボの老人二人、重いカバンを持った若者が立つことになった。これは異常事態だ。

ところが、お婆さんは私の向かってニッコリ笑いかけ、「どうぞ、お座りください」と優しい声で言うではないか。席は二人分だから、「有難うございます」と関係者二人に礼を言って座った。もちろんお婆さんも一緒に座るものと思っていた。

意外にもお婆さんは座らない。と言うことは、私の為に若者に注意したのかな? つまりヨボヨボな老人の為にひと肌ぬいだ元気な女性なのだろうか。私より年上に見えるのだが。全ては3秒間以内で起こった一瞬の出来事だが何故かしっくりしない。

座りながらいろいろ考えた。疑り深い私はシナリオが書き替えられたと思った。彼女の描いた筋書きは若者がカバンを膝に乗せ、自分がそこに座るという単純なものに違いない。ところが若者が立ったので筋書きに狂いが生じたのだ。

彼女は急きょ気の毒な老人を助けるシナリオに書き換えたのではないか。なんと頭の回転が早いことだろう。座っている私はフーテンの寅さんのセリフを思い出した。「見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ」。書けば長いが全て3秒以内の出来事だ。

「お婆様こそお座りになって下さい」とか言ってやればよかった。
とか思ったがもう遅い。二人分の席が空いたのだから二人とも座るのが当然と思い込んでいた私がバカだった。人の心は複雑なのだ。

疲れた老人に見えない様に、外出する時はサッパリした身なりと正しい姿勢を心掛けているつもりだ。しかも座りたくないフリをして席の前を避けて立っていた。にも拘わらず座りたがっている老人と思われた。いかにしたら年寄と見破られないか。何かいい方法はないものだろうか。

ピーピーの法則:年寄と見破られない方法はない。なぜなら年寄だからだ。

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【2016/05/07 00:00】 | 愚かな私
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そよ風
たまたま、このブログを目にした者ですが、席に座るのは
必ずしも老人ばかりではないと思います。
若者でも座りたい時はある筈です。
例えば徹夜で仕事をして疲れきった時など、優先座席でも空席だともう座りたい!と言う気持ちになるのです。

もし席を譲られた場合は見栄を張らないで素直に座って下さい。


コメント有難うございます
PP
そよ風様、はじめまして。
コメント有難うございます。
仰る通りと思います。思いが至りませんでした。
人様の親切は有難くお受けしたいと思います。

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ある種のコンプレックスは人間をつくる。私の場合は頭に劣等感を持っていた。そのお陰でこのような穏やかで控えめな人になれたのだ。しかし、周囲で同じ様な頭の人が増えるに連れて化けの皮が徐々に剥がれて来た。本来の派手好きで目立ちたがり屋の部分で出て来てしまうのだ。困ったものだ。私はどうなるのだろうか。

「良いニュースと悪いニュースがある。どっちを先……」
「どっちでもいいですよ。先輩も私もヒマなんですから」
「実はな、アメリカの偉い科学者が、5年以内にハゲを無くすと言ってるんだよ」
「5年と言うと私は80歳ですね」
「もうちょっと早く出ればよかったな」
「そうですね。40年くらい前とか……」

週刊ポスト2016年2且26日号の新聞広告にこう書いてあった。「話題沸騰!! 謎はすべて解けた。あと5年で『ハゲはすべて治る』米『サイエンス』誌の注目論文」。

記事を信じるとしても、金もかかるだろうし、髪の手入れも必要だ。しかも肝心な命がいくら残っているかも分からない。皆がやらない限り、絶対にやりたくない。しかし周りの皆がやり出したらどうしよう。私一人がハゲというのも楽じゃない。

今から30年くらい前は、私一人ハゲていて辛かった。最近になって漸く周囲に同じような人が増えて気が楽になったのだ。今更解決すると言われても嬉しくもない。80歳になって頭が黒々してくる自分を想像できない。何となく不自然だ。

「毛生え薬の話は昔からあるけれど、未だに解決されていません」
「昔っていつだ?」
「先輩も生まれていない明治時代の話です」
「チョンマゲが終わったら早速ハゲの心配か」
「日本人も欧米人並にハゲが目立つようになったのです」
「そうか、チョンマゲはハゲ隠しになっていたんだな。昔の日本人は頭が良かった」
「アメリカの医学博士が画期的な『毛生液』を開発したと言う話があったのです」
「日本でも売っていたのか」
「日本産ですよ。明治から大正にかけて洋風イメージで売っていたそうです」

中国の毛生え薬も評判だったが、今度は世界で特に権威がある学術雑誌の一つとされているアメリカの「サイエンス」誌の話だ。今度こそとは思うけれど、もう遅い。

「毛生え薬は狼少年ですね」
「そうだそうだ。発明、発見も聞き飽きた」
「興味もなくなりました」
「俺たちは、ついに時間切れだな」

「生まれ変わったらハゲが居ません」
「寂しいな~」
「短足もデブもいないのです」
「なんだと?」
「ハゲを克服した人類が、他の問題を解決できないはずはないでしょう」
「なるほど」

「スタイルのいい綺麗な人ばかりになってしまいます」
「結構なことじゃあないか」
「誰が誰だか分からなくなりますよ」
「それは大変だ」
「そうでしょう」
「面と向かってオレオレ詐欺をやられちゃうよ」

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【2016/03/26 00:00】 | 愚かな私
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困ったことに情け深くなってしまった。食事後の洗い物の山を見ると、QPが気の毒で洗ってやりたくなる。しかし面倒くさいという思いに負けてしまう。

そんな時は、育児休暇と不祥事でマスコミを賑わしたミヤザキ国会議員(当時)の言葉を思い出す。不倫に関する軽率な行動の理由を問われ「未熟な人間としての『欲』が勝ってしまった」と言ったそうだ。

まるでゲームの勝敗を伝えているような感じだ。勝ったのは「未熟人間欲チーム」だから、負けたのは理性ある成熟チームに違いない。そしてミヤザキさんご自身は観客のような感じだ。流石は国会議員、上手いことを言うものだと感心した。何処の誰もが、どんな状況でも使える極めて便利な言葉である。

怠け者の私がこれに注目しないはずがない。さっそく使わせてもらうことにした。先ずは練習、一人でつぶやいてみた。「家事をしないのは未熟な人間としての『欲』が勝ったからです」。何となくよそ事の様な気がして楽になった。

自分の中にある面倒くさいという思いに負けてしまうのだが、ミヤザキ流に言うと、未熟な人間としての「欲」が勝ったのだ。何だか別人のような気がするから有難い。台所にある洗い物の山を見て悩んでいたが、余計な心配だった。私は勝ったのだ。未熟な部分でも私の分身である。これでいいじゃないか。

ミヤザキさんは無敵だ。ゲームには全て勝つだろう。今回勝ったのはミヤザキさんの未熟部分だが、成熟部分は何時勝つのだろうか。今後の活躍分野を考えてみたら、ミヤザキさんには子育てと言う大切な仕事があったのだ。

せっかくのイケメンなんだから、今後はイクメンとしても頑張って欲しい。内なる敵、未熟な人間としての「欲」に勝ってほしいのだ。ミヤザキさんの「欲」は史上最強ゴジラ並みの強さだから勝つと言っても容易ではない。

これに対抗できるのは可愛い赤ちゃんしかいない。今後は専業主夫として子育てに専念してほしい。国会議員として初めて育児休暇を取っのだから子育てに対する意気込みも並々ならぬものがあると思う。 

頑張れ子育て! 目指せ赤ちゃん大会優勝!!




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【2016/03/19 00:00】 | 愚かな私
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ガンバレ赤ちゃん!!
路傍の石
「未熟な人間としての『欲』が勝ってしまった」と公言して憚らない人が
国会議員・・・情けないです。

日本の未来がホント心配!

ガンバレ赤ちゃん!!
欲に負ける人を見習っちゃダメよ~。

どうしちゃったんでしょうか
PP
そうですね。困ったことです。
赤ちゃんを見習ってほしいですね。
いつも精一杯、力一杯、生きています。
近頃は続々と困った政治家が出てきます。
どうしちゃったんでしょうか。

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最近は満員電車も乗らないので他人様に触れることもない。人形劇場に初めて入った私は、想定外の超満員でビックリした。とにかく見知らぬ人と身体を触れ合っての観劇は初めてだ。お尻を、後ろの座席の人に、足でコチョコチョやられるとくすぐったいというよりも、気持ちが悪い。

だから、狭いとはいえ前席の女性の尻に足が触らない様に注意しなければならない。しかし超満員では不可能だ。触っても動かしてはならない。これが腰痛持ちの私にとっては大変辛いことだった。

私のお尻辺りでは大きな足がモゾモゾしている。外国の大男らしい。振り向くわけにも行かないので見ていない。英語を話しているのが聞こえるからそう思ったのだ。日本人の女生と何やら話している。突然女性の大きな声、「すみません。この方、腰が痛いそうです。後ろのベンチに座らせて上げてください」。

う~ん、やられた。先手を取られた。私も腰痛持ちなのだ。この姿勢を1時間もやっていたら腰痛が出そうだと心配していた。二つのベンチは満席だ、やりくりして座らせるのだろう。こんな状況で2番目はない。いずれにしろ厳しい観劇になりそうだ。

この劇場は階段式になっている。ざっと見ると50人くらいが限度な感じだ。しかし子供だけなら、もっと入るだろう。今回は大人が3分の2以上を占めている。一体何人入ったのだろう。ともかく人と人が触れ合わなければならない程入っていた。

なんでこんな風になってしまったのだろう。入場すると観客は前の2列に座っているだけだった。自由席なのに後ろの方はがら空きだ。その辺りに座ろうとすると案内係に注意された。

「前から順番に詰めてください」
なるほど、これで前の2列だけが埋まっている訳が分かった。私は人形が小さいので、よく見えるように前の方に陣取って居るのだと思っていた。実は詰めさせられていたのだ。もちろん、私も指示には素直に従った。

「もう一段詰めてください」と言われてビックリした。
「足の置き場がないのですが」
「お尻の横に足を入れてください」

やっと状況が飲み込めた。丸い尻と尻の間にできる僅かな空間に足先を入れろと言うことだ。つまり人を鮨詰めにするつもりなのだ。そうしなければ入り切れない程の人たちが押し寄せて来るのだろう。大変な所に来てしまったと思ったが、もう遅い。

腰痛だから無理な姿勢は止めて立とうとしたが、無理だった。私は前から三列目、鮨詰め状態では最後列から順番に一人ずつ抜けて後ろの人全部が動いてくれない限り出て行けない。しかも出て言っても立つ場所があるかどうかも分からない。

しかし、係りの人も如何にして待っている人を座席に着けさせるか苦労している。私は一生懸命働いている人たちを批判する気持ちは一つもない。狭い場所で前後左右の人たちと触れ合いながら腰を守っていた。いざとなれば人様の迷惑は考えないで立つ覚悟だ。私だって一生懸命なのだ。開演すると劇に引き込まれ腰のことは忘れてしまった。この次は空いている時に行ってのんびりと楽しみたいと思う。

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【2016/03/12 00:00】 | 愚かな私
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大人も楽しめる人形劇っていいね!
路傍の石
せっかくの観劇、大変でしたね。
その後 腰は痛くなりませんでしたか。

人形劇場なら入場者は子供が多いと思っていましたが、
大人が3分の2以上とは珍しい。

子供一人に両親が付き添い?
そんな事ありませんよね。

大人も楽しめる内容でした
PP
1週間に一度はリハビリに行っています、
そのせいか腰痛は起きませんでした。
親子より大人どおしが多かったです。
予想外でした。いろいろ予想外でしたね。
大人も楽しめる内容でした。

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落語は楽しいと思っていたが怖い落語もある。笑わなくては叱られると思い怖くなるのだ。そんな経験をしたことがる。ところで、二人の会話は楽しいけれど、ときには噛み合わせが悪く。気分が悪くなることもある。それでも謝ればほぼ一瞬で解決する。謝罪は心の特効薬、使いすぎても副作用のない無料の薬だ。考え甘いかな?

QPは医学が大好きだ。先生はテレビ、最近は学ぶ機会が増えている。
「レントゲン写真を見た医者が、心臓が右にあるって言うんだから困ったもんだね」
「心臓が右? 困ったどころか深刻な問題ですよ」
「心臓は左に決まっているでしょ」
「内臓逆位の人は心臓も右でしょう」
「そんな人いる訳ないじゃない」

「5000人一人くらいは居るそうですよ」
「嘘に決まっているでしょ。みんな笑っていたよ」
「笑い事ではありません。ほとんどの医師は診療経験がないのです」
「医者が皆で失敗の話をしてたんだよ」
「失敗? 大変な話ですよ。診療や手術などが困難です。心臓が右にある人を診療した経験のある医師は極めて少ないのです」

「テレビ番組の失敗談ででみんなが大笑いしていたんだよ」
「少しも可笑しくありませんが、どこが失敗なのですか」
「レントゲン写真を裏側から見ていたんだって。可笑しいよね」
「直ぐに気がついて表から見るでしょう」
「気付かないから右にあると言ったんだよ」
「直ちに上に報告すべきでしょ。笑っている場合じゃないですよ」

「裏から見ただけなんだよ」
「医師が右と診断したのなら、間違いに気付くまでは医療上の重大事案でしょう」
「素直じゃないねぇ」
「なにがですか?」
「皆が冗談言って笑ってんだから笑えばいいんだよ」
「ごめんなさい。そうですね。えへへへ

控えめに笑ってはみたものの腹の虫が治まらない。笑うのは好きだが自由に笑いたい。人から笑いを強制されるのは、少しでも嫌なのだ。以前こんなことがあった。

素人の落語発表会に行った。小学生から高齢者までいろいろな人が出ては話した。皆一生懸命だから面白い。小さい子が失敗して自分のホッペを叩く仕草も可愛くて可笑しい。お爺さんが突然黙り込んだ。間を取っているのかなと思ったらセリフを忘れたらしい。これも面白く笑いを誘われた。とにかくよく笑い心から楽しんでいた。

最後にプロの落語家が話した。特別出演らしい。このとき初めて、笑う苦労を味わった。狭い会場の前列に座っていたから、落語家は面と向かって話している様な感じだった。彼は話しながら場内を見渡している。どうやら客席の反応を探っているらしい。席が近いものだから目と目がピッタリと合ってしまう。

笑わなければならない義務を感じた。表情豊かに熱演しながら私の方を見るのだ。顔はユデダコの様なのに黒く焼けている。目はギョロギョロと大きい。笑え笑えと催促されているような圧力を感じた。絶体絶命、何が何でもに笑わなければいけないと思った。このときは本当に辛かった。だけど笑った。

いつの間にか笑わないと叱られるような気分になっていた。笑いは健康にいいというが、笑わない自由だけは奪われたくない。しかし、ユデダコ落語家に簡単に奪われてしまった。彼は怒っていたのだと思う。私の作り笑いがバレていたのかも知れない。

笑わないと叱られる、と思って一生懸命に笑ったのが間違いの元と思う。もっと素直でよかったのだ。逆にギョロリと睨まれてしまったではないか。落語は本当に怖い。世渡りの教科書には「休暇は前期、パンは中列、整列は後列」と書いてあるが、落語も後列と付け加えたい。

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【2016/02/13 00:00】 | 愚かな私
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自分が何処にいるのか分からなくて恐怖を感じたことがある。その時バスは高速道路をノンストップで走り続けていたが、何処に行くのか分からなくなってしまったのだ。まあ、こんなことで怖いと言えば笑われるかも知れないが。

息子が誕生祝にと白老の温泉一泊旅行をプレゼントしてくれた。QP同行だが有難く頂いた。今更「それほど仲は好くないのです」とも言えないからね。プレゼントは情報だけだから手に取ることができない。

メールにはホテル名と乗るバスと降りる停留所名、料金は払ってあること、登別でバスを降りればお迎えの車が待っていることが書いてあった。至れり尽くせりだ。私がやるべきことは11時30分に室蘭行きのバスに乗り、登別で降りるだけ。後はお任せと簡単に考えていた。後で考えるとこれが間違いの元だった。

乗り慣れている快速電車は発車前に必ず、行き先と停車駅を知らせてくれる。しかし高速バスは「発車します」と言ったきりだ。乗れば分かると思っていた私が愚かだった。気付いたときは高速道路の上でシートベルトをしていて身動きも出来ない状態だった。無口な運転手だが「席を立たないで下さい」と人を縛り付けるアナウンスだけはチャンとした。

困ったな、何か手がかりがないかと乗車前に買ったバスの往復切符を見た。なんと行き先が「幌別」となっているではないか。思いもよらぬ展開でビックリした。買う時に「登別駅でもなく登別温泉でもない、ただの登別です」と、間違いが無いように念を押したのだ。幌別なんて聞いたこともない。買った切符を確認しなかったのは迂闊だった。人間は時々間違えるから嫌だ。その点コンピューターはいい。間違えたら間違え続ける。だから改修することができる。しかし人間は……?

ともかく運転手に聞いてみたい。走っているときは動けないから誰かが降りるのを待つことにした。運転席左上の表示は次の停留所の示している筈だが、「高速恵庭」になっている。だいぶ時間がたっているのに変だ。道路標識を見ると苫小牧辺りらしい。もうじき白老ではないか。心配になったのでQPに声をかけた。

「もう苫小牧ですよ」
「なに?」
三つ離れた席に座っているので声が届かないようだ。左の窓側から私、空席、空席、右の窓側にQPの順。広々とのんびりできるのだが、こんな時はちょっと困る。

高速恵庭だった表示が別の地名に変わりだしたが知らない地名ばかりだ。降りる人は誰もいないので運転手に聞くチャンスもない。だんだん不安が増していく。道路標識には白老と書いてあるので通り過ぎるのではないかと心配になって来た。泊まるホテルは白老にあるのだ。

「もう白老ですよ。一体どこまで行くのでしょうか?」
QPも不安を感じたらしい。先ほどの私の様に切符を見ている。
「幌別と書いてあるよ。登別でしょ。確認しなけりゃダメじゃない」
お互いに声は次第に大きくなって行く。非難の声は他人様にも聞かれるだろう。

高速バスは白老標識を後にしてどんどん進んで行く。運転手は1時間以上も無言のままだ。なにが何だかさっぱり分からない。斜め前方三つくらい先の席に若い女性が座っているのが見えた。「すみません」と何回も声かけたが何の反応もない。

自分が何処に居るのか分からない。しかしバスは高速で走り続けている。運転手も乗客も知らんぷり、私は座席にシートで縛り付けられている。いったいこれは何だろう。苛め、シカト、それとも祟り?

こうなったら仕方がない。パスを止めて運転手に聞くことにした。「高速××」とか知らない地名が表示されているが「降車ボタン」を押した。念のため腰を上げて前席を覗くと、ここにも若い女性が座っていた。大騒ぎしたがこんな近いところに人が居たとは知らなかった。知らんぷりされたら、もう後はないので耳元でハッキリと言った。

「すみませんが、このバスは登別を通りますか?」
「とおります」

女性は突然の大声にビックリしていた。軽く肩でも叩けば好かったかも知れない。ともかくビックリしながら嘘をつく人もいないだろう。女性の返答を信じることにした。不安を抱えて1時間半、ようやくこのバスが登別を通過することが分かった。

切符に書いてある「幌別」は知らないが、登別を通ればそれでいい。降りればホテルの車が待っているはずだ。しかし、これにて一件落着ではない。「高速××」では降りないことを運転手に伝えなければならない。皆無口で静かな車内なのだからいきなり大声を出すのも気が引ける。先ずは中声で試すとにした。

「高速××では降りません。登別で降ります」
「はいはい」と運転手。
なんだ? 聞こえているではないか。ふと都会の孤独とはこんな感じかな、との思いがよぎった。

バス停登別は高速道路を出て直ぐの所にあった。結局、バスの中で喋りまくったのは私だけ。関係者は必要以外のことは一言も発しなかった。登別で降りたのは私たち二人だけだった。出発して1時間40分間、誰も乗らない降りない、喋らないバスに乗って調子がすっかり狂ってしまった。

バス停の近くにホテル白老の乗用車が迎えに来ていた。
「ここは白老から随分遠いのですね」
「ここも白老ですよ。白老の町は横に長いのです」

何も知らないとは恐ろしいことだ。高速を出ると直ぐに登別であることも、ここがJR白老駅から6駅目であることも知らなかった。幌別は登別の次のバス停であることも知らなかった。全てはこれを書くのにグーグルマップを見て分かったことである。

先に見るべきものを後で見るなんて、後悔先に立たずだ。何の役にも立たない。しかし白老町は横に長すぎる。白老駅から6つも先の駅まで白老町内とは恐れ入る。まいったな。札幌から一歩でも外にでると、こんなに怖い思いをするのだ。まったく夢にも思わなかったよ。やっぱり世界中で札幌が一番いい。

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【2015/10/17 00:00】 | 愚かな私
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初めてのおつかい?
路傍の石

この話を読み進めていくうちに、
PPさんとQPさんは「初めてのおつかい」という
テレビ番組に出ているような錯覚を覚えました。
ゴメンナサイ。

ホテルのお迎えの車を目にした時、どんなにホッとされたことでしょう。

親孝行の息子さんがいらして、PPさんご夫婦は幸せですね。

ホントですね
PP
なるほど、「初めてのおつかい」にピッタリですね。
私もテレビを見ました。自分で考えてもホントに似ています。
年齢には関係なく思わぬ状況に遭うと焦りますね。


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