亭主って可哀想だね

2010.02.07 *Sun
「亭主って可哀想だね〜。人の作るもの黙って食べてさ。文句も言えないのよ。 私だったら我慢できないね」

よその奥様の話だが、まるで私が言われているような気がした。

「そうでもないですよ。腹が膨れればそれで充分です。食べたいものは外でも食べれるし、出されたものを食べるのには慣れています」

こう言いたいのは、やまやまだが、所詮、よその話。私には関わりのないことだ。 
QPは料理を真面目に作っているが、一手間抜く癖がある。温かいものは余り温かくなく、冷たいと美味しいものも、あまり冷たくない。
 
いつも「美味しいですね」と言いながら食べている。
私は「温かかったらもっと美味しいですよ」とは決して言わない。 

そんなこと言ったら仕事を呼び寄せるようなものだ。 私は何もしないのが大好きだ。 亭主って可哀想という、あの奥様に言いたい
「私はちっとも可哀想でない。幸せです」

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札幌コンサートホール・キタラのイルミネーション 2010年2月1日撮影
窓の色が、いろいろ変化するので、見ていて楽しい。


そんな私でも、たまには温かいコーヒーを飲みたいと思う。 特別なことをするわけではない、使用するカップに予めお湯を入れ、温めて置くだけだ。 
これがQPの抜く、一手間なのである。

「コーヒーいれましょうか」。 同居人としてはこれくらいのことは言わなくてはいけない。子供ではないのだから、たまにはサービスしようという思いもある。

コーヒー持って居間にいくと、QPは熱心に刑事ドラマを観ている。 「どうぞ」というと、目は殺人場面に釘付けのまま「そっちに置いて」と素っ気ない。

「コーヒーさめますよ」
「ちょっと待って、今いいとこなんだから」

私が部屋でパソコンをしているときに、QPが来ればキーボードから手を離し、
ノートパソコンの蓋を閉じて、正面から向き合うことにしている。

それに比べて、ずいぶん冷たい仕打ちだ。せっかく、温かいコーヒーをサービスしようと思っているのに、邪魔だといわんばかりだ。 むかつく思いをこらえて声をかけてみた。

「テレビ面白いですか」
「シー」。 うるさい、黙っていろ、と言われた様な気がして、ショックを受けた。

世間話でもしながら二人でお茶をと思ったが「刑事ドラマ」にQPを取られてしまった。 仕方がないから、恨み辛みのあるテレビの前で横を向きながら、コーヒーを飲んだ。 

あの奥様の声が聞こえるような気がする。 「亭主って可哀想だね。 人の観るテレビを黙って観てさ。 文句も言えないのよ」。

”ちっとも可哀想ではないですよ。私は満足しています”と、心の中で言った。
負け惜しみではない。こういう訳だ。

わたしは自室にこもり、一人でいるのが好きだ。 一日中、家にいることは滅多にないが、居るときはこんな感じだ。

食事時間が来ると、QPが「ご飯だよ」と知らせに来る。 ご飯を食べる。 午後3時前後になると「お茶が入ったよ」と呼びに来る。 お茶を飲みながら世間話をする。 

慣れないことはするものではない。三食、昼寝、お茶付きでは悪いと思ったのが、私の間違い。 いつものようにしていれば良い。 それでいいのだ!

私は真実を書いている。 ただ、一部だけを切り取って書けば、惨めな暮らしの様にも見える。 だから、文章を書くのは面白くて止められない。

マスメディアは、砂の数ほどあるニュースの内、一体何を基準に取捨選択しているのだろう? 彼らのさじ加減一つで、世の中がいろいろ、違うものに見えるなら、笑い話ではすまされない。
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全亭協の愛してる?

2010.01.31 *Sun
「猿、犬、豚が屁をたれた。 どれが一番臭いか?」
トンチで答えろと言われたが分からない。 答えは猿だという。
「猿のはくせえ」→「猿の惑星」。 当時ヒットした映画のタイトルだ。 この映画のユニークな点は、猿が支配する世界があり、人間は猿の奴隷という設定である。

映画を観ていると、だんだん猿が普通に見えてきて、人間が動物のように見えてくるから不思議だ。 

美人だの、いい男とか言っているが、結局は「慣れの問題」かなと思わせてくれる作品だ。 私にとっては、とても有難い映画である。

ところで、全亭協(全国亭主関白協会)「愛の三原則」をご存知だろうか。

・「ありがとう」をためらわずに言おう
・「ごめんなさい」を恐れずに言おう
・「愛してる」を照れずに言おう

私は既に、「ありがとう」と「ごめんなさい」はクリアした。 問題は「愛してる」だ。 言おうと思えば簡単に言えるが、QPが許さない。

「どうして、愛してると言ってはいけないのですか」
「そういうことをアンタが言っても似合わないの」
「全亭協の調べでは、奥様が一番聞きたい言葉だそうですよ」
「アタシャ聞きたくないね。アンタ聞きたいの?」
「そうでもないですね」

珍しく意見が一致した。しかし、こんなことで一致しても悲しい。 やはり、ドラマの世界は美しい。「愛してる」とか言っても似合う人が演じているからだ。

「また、変なこと考えているんだね」
「分かりますか」
「まさか『愛してる』と言っても似合う人に、どうしたらなれるかとか…」
「実はそうなのです。 『猿の惑星』がヒントになりました」
「臭い話は、もうたくさんだよ」

映画『猿の惑星』の中では「愛してる」とか「君を抱きしめたい」とか言っているのは猿だった。 人間は檻のなかで「ウォー」とか叫んでいるだけだ。 

こんな映画を観て1時間もたつと、自分が猿になったような気がしてきた。
そして、人間が動物の一種に見えてきたのだ。

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おいおい、そこは立入禁止だぞ! ニャンとか言え!! (中島公園菖蒲池)

「文化とは模倣、もの真似こそ創造性の源と思うのです」
「また、屁理屈言って。恥かくのは自分なんだよ」
「私たちは欧米文化の真似をしているだけではないでしょうか」
「欧米文化なんてあるの」
「ワカリマセン。あるといいですね。ひと纏めにして…」

終戦直後、東京の焼跡で育った私にとって欧米、特にアメリカは夢の世界。  洋画を観るのが大好きだった。 邦画は貧乏臭いと思って敬遠した。 

その後、洋画の影響を強く受けている日活アクション路線に切替えた。
石原裕次郎の、「夜霧よ今夜も有難う」は「カサブランカ」の邦画版。 
小林旭の「渡り鳥シリーズ」は「シェーン」。  
赤木圭一郎の「霧笛が俺を呼んでいる」は「第三の男」にそっくりだ。

繰り返しになるが、こうゆう状況の中で、「愛してる」と言って似合う人のイメージが、私の頭の中で固まってきたのだ。 

だから、私たち二人が、お互いに「愛してる」と抵抗なく言えるようになるには、 条件整備が必要だ。

例えば、QPをヒロインにして、私がヒーローになる恋愛映画を作って、3年くらい大ヒットさせる。 

そうすれば、数え切れないほどの人々が、私たちが演ずるラブシーンを観ることになる。 そして、慣れてしまえば、それが恋愛シーンのスタンダードとなるだろう。 「猿の惑星」を観て、私はこう確信した。

「アンタとラブシーンなんて嫌だよ。皆に笑われるから」
「気味が悪いかもしれませんね。まあ、それはそれとして…」
「…別にならないよ!」 
「…照れずに愛してると言えるようになれるんですよ」
「バカバカしい」

「それだけじゃないですよ。服装や歩き方、髪型も真似されるんです。私たちは人気スターなんですから」
「ヘアースタイルなんか、真似できるわけないじゃない」
「いいですか。その時の私は、世界の大スターなのですよ」
「へ〜、そりゃよござんしたね」

「そうなれば、流行も作れるのです!」
「一体なにを流行らせたいの」
「日本古来の伝統的な髪型です」
「チョンマゲね〜。そこまで思いつめてんだ。アタシなんとも思ってないからね」
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高福祉高負担とは?

2010.01.24 *Sun
私は貧乏だったが、高度成長のお陰で、憧れの中流になれた。 
しかし、「貧乏症」は不治の病、いまだに完治していない。

これを治す一番いい薬は「お金持ち気分」である。 
よく「病気は気から」というではないか。

「今日からは、お金持ちの気分で生きたいと思います」
「気分だけだよ。 お金、使っちゃあ絶対ダメだからね」
おやっ? QPも貧乏症に罹っている。貧乏はうつると聞いていたが本当だ。 

「それはさておき、高福祉高負担についてどう思いますか?」
「いいじゃない、老後を安心して暮らせるんだから」
「私はお金持ちですから、高負担に反対です」
「お金持ちでも、福祉は受けられるんだよ」
「そんなものいりません」

「そうだね。お金持ちなら保険だって好きなだけ入れるしね」
「せっかく、努力してお金持ちになったのに、税金とか言って貧乏人に盗られちゃうのは嫌です。 小さな政府が大好きです」

福祉を自前で出来るお金持ちにとって、高福祉・高負担とは単なる高負担。 反対するのは当たり前だと思う。

博愛主義、人類皆兄弟、鳩山首相なら「友愛」等の気持ちもあるだろう。  
いずれにしろ、お金持ちにとって福祉とは、与えるだけのものであって、受けるものは何もない。 

一方、貧乏人にとっての「高福祉・高負担」はどうだろう。 
負担は殆どゼロで、質の高い福祉を受けられるのだから、こんないい話はない。 
しかし、現実はそのように受け取られていないのは、なぜだろう? 

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ノボテル札幌24階「和乃八窓庵」より望む中島公園、1月16日撮影。

ところで、QPに買物を頼まれたので、行ってきた。
「パン買って来ました。これお釣りです」
「少ないじゃない。何でつり銭ごまかすのよ!」
「お駄賃です」
「アンタ、お金持ちでしょ」
「あれはもう止めました。気分だけでは虚しいですから」

この世に「貧乏党」と「金持ち党」があって、選挙をしたとする。 圧倒的多数で貧乏党が勝つだろう。しかし、現実は違う。 

もちろん、その公約は、高福祉・高負担の実施。 財源はお金持ちの稼ぎと財産にかける税金である。

「そんなことしたら、優良企業や優秀な人材が海外に逃げちゃうよ」とQP。
「大丈夫ですよ。エライ人は愛国心がありますから」
「愛国心があるって誰が言ったの?」
「エライ人です」

「そう…? 国内で頑張っても、お金も財産も減ってジリ貧になるだけだよ」
「その代わり、食えない人は食えるようになります」
「食い潰されたらお仕舞じゃない。国も滅びちゃうよ」

スウェーデンでは、よく「平和に勝る福祉なし、戦争に勝る環境破壊なし」と言われているが、まったく同感だ。

叉、生活者優先社会のモデルにもなっている。 いち早く高齢化社会が進み、約40年前のスウェーデンは、今の日本と状況が似ていたらしい。

200年近くも戦争がない。人口は日本の14分の1など、大きな違いもある。 
しかし、貧しい農業国家から工業国になったこと、高齢化率など、似ている点も少なくない。

消費税は25%、所得税は日本の約3倍と高負担だが、国民はそれに見合った福祉を受けていると聞いている。

「福祉国家スウェーデンは、そろそろ滅びるのですか?」
「そんな失礼なこと言ったらダメだよ」とQPがたしなめる。
「あなたがさっき言った言葉ですよ」
「私が言ったんじゃあないの。テレビで評論家が言ったんだよ」

それなら、私も同じことだ。テレビの代わりにインターネットになっただけの話。 
「高福祉」で検索したら、683万件も表示された。 日本でも福祉について相当、研究されているようだ。

しかし、テレビ、新聞などのマスメディアでは多くを取り上げていない。生活優先社会を目指すなら、もっと頻繁に議論があって当たり前だろう。

たまに議論されても「税金高いよ。嫌でしょ」で終わってしまい、さっぱり議論が深まらない。 大切な話なのに、全国民をを含めた議論に広がらないのは、
なぜだろう。

「さっき、高福祉高負担でも老後を安心して暮らせると言ったでしょう」
「安心して暮らしているじゃない」と、QPは落ち着いたものだ。
「はぁ?」
「今が、老後でしょ」と、動じる気配もない。
「高福祉高負担はこれからの話ですよ。 まったくノー天気ですね」
「あれを見な!」と指をさす。

ここは私の部屋。指差す方向に張り紙があり、こう書いてある。

・すべて良くなる。 
・困ったことは起こらない。 
・嫌なことは考えない。

世の中を変えるには、巨大なエネルギーが必要だが、
自分の気持ちを納得させるには、???の3行で充分である。
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全国亭主関白協会

2010.01.17 *Sun
「全国亭主関白協会(全亭協)」をご存知だろうか。 私は新聞を読んで初めて知った。 素晴らしい会と思い応援したくなり、リンクを貼った。 是非クリックして訪問して頂きたい。

しかし、その前に私のブログも読んでほしい。 すぐにアチラに行かれても困るので、少しだけ全亭協の悪口を書いた。 勝手だが、心の葛藤と理解して笑って許してもらいたい。 

1月13日の北海道新聞「卓上四季」を読んで、軽い違和感を覚えている。  問題は全亭協の理念だ。 「未来を明るくするのは上手に妻の尻に敷かれる心とワザ」と言う。 

こんな寂しい心でいいのだろうか。それに、尻に敷かれるのはワザではない。 負けた結果、不本意ながらそうなるのだ。 経験者の私が言うのだから間違いない。

「ユーモアの分からない人だね。だから嫌われるんだよ」とQPが口を挟む。
「大人しく尻に敷かれていろ、と言うんですか!」
「奥様と仲良くしようと言っているだけよ。 そんなことも分かんないの」

新聞は「愛妻家の集団」と持ち上げているが、とんでもない誤解だ。 全亭協の亭主たちは、妻のご機嫌をとって自分が楽をしたいだけなのだ。 これだって私の経験に基づく、地に足のついた発言だ。 重く受け止めてほしい。

「楽をしているのはアンタでしょ。 みんな家族のために頑張っているんだよ」
…いちいちうるさい人だ。昔は控えめな乙女と思っていたが…。
「全亭協は まあ、そのようなことを言ってますね」
「何もしないで、何でも反対する、アンタみたいのが一番ズルイんだよ」

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札幌市中島公園の西側を流れる鴨々川、1月10日撮影。

「『非核三原則』ならぬ『非勝三原則』」。 笑わせてはいけない。 
何が「勝たない、勝てない、勝ちたくない」だ。 「勝てない」だけで充分でではないか。 語呂合わせの為に、要らないものを二つも入れて何のつもりだ。

「叉、屁理屈いって。悪い癖だよ」 
「じゃあ、はっきり言いましょう。 あの亭主たちは戦いを避けているだけです」
「アンタは戦ったことあるの? いつもペコペコして…」

大きなお世話だ。「非勝三原則」が夫婦喧嘩を回避する極意とは情けない。 誠意を持って真正面に向き合うべきである。

「いつも逃げてるくせに、言うことだけは立派だね〜」
「しっかりと理論武装した上で戦いを避けるのが最善の道です」
「何が理論武装よ。 隠れてコソコソ何やってんの!」

全く失礼なことを言うものだ。QPには、もう何も言いたくない。 
こうなったら、読者の良識を期待するだけだ。 …皆さん助けて下さい…

「無条件幸福」とは聞いて呆れる。 ごまかしの幸福などはいらない。 
現実を直視して、素直に「無条件降伏」を認めるべきである。

ようやく、大人しくなった。 私が静かに紳士的に話していたので、
小うるさいQPも口を挟む余地がなくなったようだ。

「どうです。私の批判は当たっていると思いませんか」
「相変わらず独りよがりだね〜」
「ユニークと言って下さい。 しかし、全亭協への応援になっているでしょうか?」
「なってるわけないじゃない! 文句ばかり言って」
「そうですか。それでは全亭協のために、もう一頑張りしましょう」

新聞には全国亭主関白協会について、こう書いてある。「政治は上からの目線。われわれは下からの目線で夫婦、家族、地域、国の順で良くして行く」

なるほど、まだ初期の段階でモタモタしているのか。 私は既に第一段階をクリアしているぞ。三顧の礼で迎えに来れば、参謀になって戦略を指導してあげてもいいのだが……。

私はボランティア。 年俸のことなど心配しないでくれたまえ。 
ただ、迷える子羊のようなこの国を、良くしたいと思っているだけだ。 
私の辞書に不可能という文字はない。

「空想なら何とでも言えるよね」と、QPは相変わらず冷ややかだ。
「『三顧の礼』から気持ち好くなり、最後はナポレオンの気分になりました」
「アンタは、すぐその気になるんだね」
「そうなんですよ。やる気モリモリ沸いてきましたよ」

「本気にされたら、どうするの」
「大丈夫ですよ。安全地帯がありますから」
「どこに?」
「あなたの尻の下に、上手にもぐり込みます」

「楽しい食卓、朝の食卓」は全国亭主関白協会を勝手に応援します。
全国亭主関白協会(全亭協)のウェブサイトはこちら→ 全国亭主関白協会


私の運営するウェブサイト「中島パフェ」と同じ名のパフェも応援します。
このブログを読んで、中島パフェを食べに東京からいらした、3人のお客様と一緒にパフェを食べました。 先ずは食べる前に撮影タイムです。
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中島パフェ冬バージョン 詳細はこちら→ 美味しいパフェリンク「中島パフェ」
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ヤカン薬缶ヤカン

2010.01.10 *Sun
今朝ほど腹が立ったことはない。 「ヤカンに返事をしてるんだ」と言われても信じられるわけがない。 そもそもヤカンと話が出来るはずがないのだ。

5時30分起床、新聞を読む。6時30分、QPとラジオ体操。 6時40分フライパンで餅を焼く、ヤカンがピーと鳴る、お湯が沸いた知らせなのでスイッチを切る。 6時41分、QPがやらなくてもいいのに、お湯を沸かすスイッチを入れる。

「お湯、沸いてますよ」と私は静かに言った。
「なんで、知らせてくれないの!」

QPは私の隣でホウレン草を洗っていた。ヤカン(笛吹きケトル)の沸騰音は大きな音だから、気がつかないはずがない。 まったく朝から気分が悪い。

ピーッと鳴ったのに聞こえなかったのですか」
「返事しなかったじゃない。 聞こえたら返事するわよ。 返事がないのは聞こえてない証拠!」

あんな大きな音が聞こえないはずがない。 どうも怪しい。 聞こえたら返事をすると言うが、一体誰に返事をするつもりだ。 まさか「ピー」と鳴ったヤカンに返事するつもりではあるまい。

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フリーマーケットでお馴染みの自由広場。ビルはノボテル札幌。1月7日撮影。
美味しい中島パフェ〜冬スタート→ ノボテル札幌 ラウンジ「カフェ・セゾン」


「一体だれに返事をするつもりだったんですか」
「ヤカンが知らせてくれたのだから、ヤカンに決まっているじゃない」

二人暮らしの我が家には、第三者が居ない。 だから、こんな理不尽な強弁でもまかり通るのだ。 何回もこんな目に遭わされれば、黙っている訳には行かない。 今日という今日は絶対に許さない。 こんな屁理屈を通してたまるか!

「ヤカンに話が分かる訳ないでしょう。誤魔化してもダメですよ」
アンタは聞こるでしょ」。 なんと! 私に振ってきた。
「だから、どうしたというのです」
「黙って消したら分からないじゃない、何で知らせてくれないの!」

再び「聞こえていると思っていた」と言えば堂々巡りになる。 こうして無限ループに入れば私の負けだ。 どっちかが負けない限り、この無限に回るムダ話の輪から脱出できないのだ。

「無限ループ(infinite loop)とは、コンピュータ・プログラムの一連の命令が無限に繰り返されることである。 ループとは、特定の条件が満たされるまで一連の命令を繰り返すことである」と、フリー百科事典には書いてある。

この場合の特定の条件とは勝負がつくこと。 西洋人なら「貴方の勝だ」と相手を讃えてお仕舞にするだろう。 日本人の私としては、悔しさをこらえて「俺の負けだ」と言わなければならないのだ。

QPは絶対に負けを認めないから私が負けるより外に、この無限ループから脱出する道はない。 「負けるが勝ち」とか言うけれど、なんとも虚しいことだ。

私はつらいよ。ホントに辛い。 
QPは強い。へんなところに強くて、変なところに優しい。

洗濯機がピーピー鳴れば「分かった分かった、今行くからね〜」と猫撫ぜ声。 
電子レンジがチンと言えば「ご苦労さん。頂きますよ〜」と嬉しそう。
そして、ヤカンが鳴れば「ありがとう〜、熱かったでしょう」と優しげだ。 

「これはね。アンタへの気配りなんだよ」。QPはしゃあしゃあとして言う。
「関係ないでしょう」
「私が返事しないと、アンタがやらなければならないと思って、気になるでしょ」
「別に気にしませんが」
「アンタのそういうところが、冷たいとこなんだよ」

どうして、QPが洗濯機のスイッチを入れたからと言って、私が気にしなければならないのだ。 終われば自動的に止まるではないか。

ああ言えばこう言う。 こんな話にいつまでも、付き合ってはいられない。 
QPの屁理屈にはもう耐えられない! もう限界だ。私もついに切れてしまった

「ヤカンに言ったってヤカンに耳はないでしょ。ヤカンには脳もないし、ヤカン……」
「ヤカン、ヤカンって、うるさいわね! アンタだってヤカン……、アッ!」
「……、ハッ?」  思わず頭に手をやる。


落語「薬缶なめ」(あらすじ [編集])
向島の梅が見ごろだと聴き、お供を連れて見物に来たある大家の奥様。言問橋のたもとまで来た所で、持病の【シャク】が起きてしまった。
七転八倒する奥様を前に、オロオロするお供の目に…あるものが飛び込んできた。
「お待ちください!」
お供が声をかけたのは、たまたま通りかかった二人連れの江戸っ子…八五郎と源兵衛だった。
「奥様が今、持病のシャクで苦しんでおります。癪には銅をなめるのが一番。しかし、このへんにはなく、難渋していたところです」
「で、それと…俺たちに、いったい何の関係があるんです?」
首をかしげる源兵衛の頭を、お供はまっすぐに指差した。
「貴方の頭を、奥様になめさせてください」
実は源兵衛、まだ四十なのにもう頭がピカピカ。用は、源兵衛のヤカン頭を本当の薬缶に見立て、奥様になめさせる事でシャクを鎮めようという訳。
唖然となった源兵衛だが、人の命には代えられない。不承不承、ヤカン頭を差し出すと、奥様は遠慮なくその頭をベロベロ…。
そのうち…急に発作が起きたと見え、頭を思いっきりガブリ。
「御免なさい! どこかに、お傷がついてはおりませんか」
「なーに、傷はつきましたが、漏ってはいません」

元々は『茶瓶ねずり』という上方落語で、主な演者に2代目桂小文治や10代目柳家小三治などがいる。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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自分探しの旅に出る

2010.01.03 *Sun
新年の目標は「ケンカしないこと」に決めた。 いつもニコニコのつもりだが、
陰でコソコソということにもなるだろう。

ケンカをしないのはいいことだが、ブログのネタに困った。仕方がないので去年の、あの悔しい出来事を思い出しながら書くことにした。  

「今日から年末年始休みですから、ケンカしないようにしましょう」
「今年も、旅行に行かなかったね」

何気ない一言だが、言い方にトゲがある。 せっかく、仲良く暮らそうと言っているのに、困った人だ。

「旅行なら、いつでもお付き合いしますよ。計画立てて下さい」
「お付き合いじゃダメ! たまにはどこかに連れてって

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歳の市、地下鉄中島公園駅側、12月27日撮影

私について来る気などは、さらさらないくせに、連れて行ってとは、しおらしい事を言うものだ。 昔の話だが、QPがついて来ると思い込み、大失敗したことがある。

後ろから来る筈のQPを雑踏で見失ってしまった。 仕方がないので、一人で家に帰ったら、カンカンのQPに酷く怒られた。 それからと言うものは、二人で歩いていると後ろが気になってしかたがない。 疲れるからQPの後を歩くことにした。

「旅行に連れて行くのはいいけれど、どうせついて来ないでしょう。 道を歩く時だって、ついて来ないんだから」
「アンタがあっちに行ったり、チョロチョロするからダメなんだよ」
「そうだったんですか」
「何で、そう落ち着きがないんだろうね」
「ついて来れなかったのですか。ごめんなさい」

つい、30年前のことを謝ってしまう。長い間一緒に暮らしていると変なクセがつくものだ。 それとも生活の知恵だろうか。

いつもQPには、押し切られている。「お昼何にする」と聞くので、「うどん」と答えると、「ラーメンにしよう」と言うのだ。 だったら最初から聞かなければいいではないか。 も〜、ホントに腹が立つ。

旅行だって同じことだ、もし私がディズニーランドに行きたいと言えば、QPはきっと京都に行きたいと言うだろう。    

ところで、買物も、映画も、外食も、ついて行くのは、いつも私だ。 たとえ、私が自分の意思を押し通したとしても、QPは仏頂面してモノも言わずについて来るだけだ。面白くも楽しくもない。

しかし、どうなのだろうか? 自分の行きたい所に、ニコニコしながらついて来てくれる人がいたら、「さぞかし楽しいだろうな」と思ってしまう。 私には見られない夢。
ホントにQPが羨ましいよ。  

しかし、自分が不幸とは思っていない。 「QPのお供」の時間を除いても、私には充分な自由時間がある。 それに、お供が楽しいと思うときもあるのだ。 

一方、「こんなことでいいのだろうか」と、疑問に思う自分もいる。 
すっかり飼いならされているではないか。 自己主張というものがない。

一体私は、何をしたいのだろう。 私は誰? ここは何処?
そうだ、自分探しの旅にでよう!

出かけようとすると…、
「何処に行くの」と聞かれた。 まったく、いちいちうるさい人だ。
「旅に出るのです」
「アタシも連れてってよ」。 冗談じゃない!
「自分を探す旅にでるんです」
「……、そこにいるじゃない!
 
”おいおい、それは私の抜け殻だよ”

抜け殻さ QPも同じ抜け殻よ どちらも実がなく 食えやしないぞ nakapa傷心の短歌
     
1月4日美味しい中島パフェ〜冬バージョン スタート!
クリック!→ ノボテル札幌 ラウンジ「カフェ・セゾン」
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陽動作戦「温暖化」

2009.12.27 *Sun
陽動作戦「温暖化」。 …真の敵はあらぬ方向にいることに漸く気がついた。
30年前、これからはパソコンの時代だと考えてMZ80-K2(写真)を買った。 
そして、その通りになったが、私自身は進化に追い着けず、パソコン落伍者になってしまった。 
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ところで、これからの問題は「食料危機」と予想している。 多分その通りになるだろう。しかし、そのときが来れば、私は真っ先に飢えるに違いない。 

いつだってそうなのだ。 いろいろと将来を予想して対策を立てるのが好きだが、それが役に立ったためしはない。 所詮私は考える人。実行力はゼロなのだ。 

先日、スーパーで買物したら、レジ袋代を2円とられた。 新品の袋だから当然だろう。 しかし、エコとか言われると「それは違うな」と思う。

車や飛行機の方がCO2をよほど多く出す。 マイバックでエコというより、
「レジ袋1年分で自動車3日分という試算」の方が説得力がある。

12月22日の地球温暖化に関する新聞記事を読んだ。「COP15 広がる批判、失望」「先進国・途上国 深い溝残す」などの見出しが躍る。
COP15(コペンハーゲンの気候変動枠組み条約第十五回締約国会議)

深い溝があるのは当然と思う。人口約70億人の地球上で、10億人が飢餓状態にあり、そのほとんどは発展途上国に住んでいる。

今、飢えている人に将来の危機を語っても「馬の耳に念仏」だ。 食えない人は食えるようになるまでは、食べることしか考えないものだ。

会議に出席している代表は、お金持かもしれない。 しかし、飢えている国民のことを考えなくては為政者としての責任は果たせない。 負担を押し付けられればNOと言うしかない。 

終戦後間もない頃だが、父親が肺病で倒れ職を失った。 医者代もかかるし、とたんに飢餓状態になった。 飯を食うためには何でもやった。子供の私も例外ではない。

そういう状態にある人に、数年後に地球が…、と言ったところで聞いてもらえるわけがない。 順序が間違っている。先ずは食糧問題、次に温暖化だ。
「急がば回れ」と言うではないか。

先進国が世界の飢餓克服に本気になって取組めば、途上国側も温暖化問題を考えるようになるだろう。 飯が食えるようになれば、次の心配は将来のことだ。

食糧問題と温暖化問題は車の両輪である。 片方(温暖化)だけ大きくては前に進むことはできない。 COP15で途上国側の不満が根強いのも当然と思う。 

それとも、現在の地球温暖化騒ぎは、「満腹している先進国国民」を食糧問題に目を向けさせるための、陽動作戦なのだろうか。 

それならば納得できる。私も温暖化に関するマスメディア報道の影響を受けているからだ。報道がキッカケで世界の食糧問題に目を向けるようになったのだ。

「この手もあったのだな」と、うがった見方をしている。 地球温暖化について騒ぎたて、国際会議等での対立を煽り、わざと目立つような行動をする。 

なぜならば、温暖化について議論を深めれば、必ず世界食料危機問題に行き着くからだ。 目前の敵「食糧問題」は余りにも巨大。 正面から向っても到底太刀打ちできない。それで温暖化? 深謀遠慮ではないか。 --完--

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陸揚げされたボートを塒(ねぐら)にする中島公園地域猫?? 12月23日撮影

食料問題に関する資料はこちらです。
「フォーラム 地球の危機管理(抜粋)」


世界がかかえる食糧問題
食糧不足の要因には、人口の増加、食生活の高度化、農業生産性の低下、そして異常気象などの現象があげられるが、それぞれの要因について簡単に説明を加えていきます。

医療技術の進歩で人口増加が急激に進む
人口が増加すると、疫病や飢餓の大量発生などの要因が働いて、人口抑制の方向へコントロールが働いてきました。ところが、このコントロールのたががゆるんだのは、第二次大戦後です。乳幼児の死亡率の低下、医療技術の進歩による高齢化などが進んで、人口増加が急激に進みました。

肉食が増え作物の生産量を圧迫
人間が穀物のまま、食べるのであれば、生産量イコール消費量になりますが、家畜を通した場合、牛の場合8〜10倍、ぶた5倍、にわとり2〜3倍の穀物を消費するのです。食生活の高度化が、作物の生産量を圧迫しているのです。

砂漠化や土壌の劣化が進んでいる
これまで農地だった土壌が劣化してきて、砂漠化や土壌の劣化(塩害、地下水位の低下、表土風食)などが進み、世界では1年間に500〜600万ヘクタール(日本の農地面積とほぼ同じ)もの農地が砂漠化しています。

水不足が農業を圧迫している
しかしもっと深刻なのが、水資源の問題です。農産物の価格は工業製品にくらべると、割にあわないのです。同じ1トンの水を使うのにも、農業用水として使うよりも工業用水として用いるほうが、ずっと生産性が高い。競合がおこった場合、ほとんどの場合、農業が競争に負けてしまうのです。

地球温暖化による異常気象の影響
しかも地球温暖化による異常気象の影響で必要なところに雨がふらず、沿岸部や島嶼部に豪雨が降るような現象がおこっています。

アメリカは、食糧危機をよしとしている
アメリカには、食糧危機をよしとするような風潮も見られます。なぜか。アメリカは自国の食糧さえ供給できれば、あとはマーケットで値をつりあげて売ればいいのです。つまり食糧の供給量が減って価格があがれば、もうかるのです。

単位面積あたりの収穫量が頭打ち
農業技術の貢献、化学肥料や農薬を使うことによって単収(単位面積あたりの収穫量)を増やしてきたわけですが、単収の伸びが先進国では止まってしまいました。他の産業に比べて経済的にもペイしない、ということで農業生産は現在、1つの壁にぶつかっている状態です。

以上、「フォーラム 地球の危機管理」
世界がかかえる食糧問題、日本がかかえる食糧問題
より抜粋。


nakapaの感想:私はこれを読んで、飢餓問題の解決は、人口抑制とセットでなければならないと思いました。「人口爆発」は更に怖いです。 仕分け人nakapaは優先順位をつけました。 食料危機→ 温暖化→ 人口抑制。
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ダメ!それも嘘だよ

2009.12.20 *Sun
いつものことながら、朝食はテレビを消して、二人で話しながらとる。
この日の話題は前日のカラオケの話。私の所属するシニアネットのカラオケクラブ主宰だが、……なんと! カラオケ・ファンが30人も集まった。
もちろん、満席札止めである。

「カラオケ楽しかったですよ」
「下手なくせに何が楽しいのよ」
「まあ、なんとなく…」
「恥かきに行った様なもんでしょ」
「旅の恥はかき捨てと言いますから…」
「旅?」
「家から一歩出れば旅。だから短い旅なのです」

「何が楽しかった」だって? そんなこと正直に言えるわけがない。 
言えばQPが腹を立てるに決まっているから、適当に誤魔化した。 

091214benti.jpg
菖蒲池西岸中央付近に新しく設置されたベンチ。 12月14日撮影

映画「男はつらいよ」の寅さんが大好きだ。 実は映画を観るのが好きなだけ。あんな人と友達になりたいとは思わない。 身近ににいれば、かなり迷惑だ。 

寅さんが好きというよりも、彼を中心として繰り広げられる、様々なドラマが好きなのだ。 ふざけているときよりも、真面目で一生懸命なときの方が面白い。  演出がいいから思わず笑ってしまう。

寅さんとは…、
「身勝手な怠け者と、正直で生真面目な面を併せ持つキャラクター」である。 
一方、私は…、
腹の中が黒いかどうかは別として、表面はいわゆる「真面目キャラ」だ。
共通点と言えば…、
空想好き。 これといって、いい思いもしていないので、映画やドラマの主人公になったつもりで空想する。憧ればかりが強くなり、いつも心は上の空。
 
「真面目キャラ」の私が、ふざけて笑わそうとしても、しらけるばかりだ。 だから、真面目に一生懸命歌う。 しかし、本音を言えば笑ってほしいのだ。 
 ”更に夢を語れば感動してほしい。 ← 本気にしないで下さいね(笑)”

「面白くないのに笑えといっても無理だよ」
「一人では不可能ですが、座を盛り上げてくれる演出があれば話は別です」
「どうやって、盛り上げたのさ」
「それは秘密です」
「みんなの前で歌ったくせに、秘密もクソもないでしょ」
「女性は、その様な下品な言葉は使わない方がいいですよ」

形勢が悪くなったら、まともに答えてはいけない。 これはQPから学んだ唯一の処世術だ。 ともかく、内緒にしなければならない。 昨日の出来事を白状すれば、カラオケ禁止にされるだろう。

しかし、書かなくては、何のことだかサッパリ分からないだろう。 不本意だが、雰囲気だけでも伝えておくことにする。 

クリスマス・パーテーだから、飾り物に加え、帽子、フラワーレイ、リボン、カツラ、仮面などいろいろ用意されている。

歌おうとすると、何のつもりかカツラをもって来てくれた人がいる。しかし、被せようとしてもなかなか、うまく行かない。 私の頭が大きすぎるのだ。 

次から次へと「にわかスタイリスト」が現れて、直そうとしたり髪型を整えようとするのだが、どうもうまく行かない。

カツラが小さく、頭は滑るので難しいようだ。ともかく試行錯誤をしながらも格好良く見せようと、いろいろ努力を重ねる皆様に感謝する。 これに応えるために、一生懸命歌った。 

♪…だ〜から み〜じかい 旅な〜の〜に〜 
   さよなら〜が さ〜よならが 霧にむせぶ夜〜 ♪


「アンタが歌たって誰も聞いてないでしょ」
「それが、意外に受けましてね」
「どうして?」

「カツラ被って歌ったんですよ」
”しまった! 言うてしもうた”

「だめだよ……、絶対ダメ! 
 もうカラオケなんて、ゼッタイ行かせないからね!」

「嘘をつくなと言うから、正直に…」
「ウソ、ついてるでしょ」
「ついてません」
「カツラで隠したでしょ。それも嘘だよ!
 
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怖い顔の威力

2009.12.13 *Sun
「私はいい人だが、悪いところも少しはある」。 普通の人ならこう思う。 しかし、世の中には自分は正しいと信じて疑わない人もいる。 

「ケンカしない主義」の私でも我慢ならないことがある。 QPが、ちょっと来いと言うから、行ってみると「トイレの電灯がつけっ放しだ」と言って、トイレを開けて見せるのだ。子供じゃないのだ。放っといてほしい。  

そんなことはお互い様、黙って消せばすむことだ。私はいつもそうしている。 三度も言われれば、「はいはい」とばかり言っていられない。 「仏の顔も三度」である。

「あなたがつけっ放しのときは私が消しているのですよ」
「アタシは気をつけているから忘れないよ」
「気がつかないだけですよ。いつも私が消してるんですから…」
「アタシは忘れてないからね」

三度も同じことをやられれば、私も黙ってはいない。  我慢もほどほどがよい。 「過ぎたるは及ばざるの如し」と言うではないか。

091213novotel.jpg
ノボテル札幌ロビー。 オブジェは中島公園彫刻清掃仲間;Aさんの作品。

自分は正しいと信じて疑わないQPに、注意をしても効き目がないことは分かっている。 ウップンを晴らすだけだ。いわゆるガス抜きである。

こんなときは、QPに何も言わせないのがコツ。 自分の言い分を一気に喋りまくり、終わったら素早く自室にこもり鍵をかける。 そして、「ご飯だよ」と声がかかるまでは、絶対に部屋から出ない。

こんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか自分の城ができてしまった。 鍵一つで私の部屋が城になるのだ。 こんな便利なことはない。

籠城中でも、時間がくれば「ご飯だよ」と、お呼びがかかるからありがたい。 
習慣ほど強いものはない。一定時刻に一定人数(今は二人)で食事をとるのは、長年の習慣になっている。ちょっとケンカしたぐらいで、崩れることはない。

この快適な「鍵かけ作戦」は、どんどんエスカレートすることになり、1年もすると、毎晩、鍵をかけて寝るようになった。

そのキッカケはこうだ。ある夜中の2時ごろ、パソコンをしていると、音もなくドアが開き、QPが後ろに立っているのでビックリした。 多分、トイレに起きたのだろう。 私の部屋の明かりが外に漏れていたから、電灯の消し忘れチェックの為に入って来たのだと思う。

「パソコンばかりしてるから、目を悪くするんだよ」。 作業に集中しているときに、突然話しかけられビックリして、思わず睨みつけた。 

この「事件」の後は毎晩、私の寝室に鍵をかけているが、QPは何も文句を言わない。 不思議なことがあるものだと思っていたら、3年後に異変が起こった。

「アンタ、鍵をかけてるでしょ」とQPが言った。
「孤独死しても知らないよ。年なんだから、いつ何があるか分からないんだよ」
恫喝に近い響きがある。この問題に対するQPの気弱さは、既に消えていた。

「同居人がいたら、孤独死じゃないのですよ」
QPの豹変に、こう応じたものの、内心ビクビクしていた。
「アタシ知らないよ。アンタが鍵をかけたんだからね」
「鍵は10円玉で開きますが…」

「そんなこと知らないよ」
と、言われてドアの外側を見たら、いつも見慣れている風呂場のとは違う。寝室のドアは、一見して開きそうもない。どこに10円玉を当ててよいか分からない。

091213keys.jpg
左は10円玉を当てる所が直ぐ分かるが、右の寝室のドアは分かりづらい。

あまり目立たないけれどよく見たら、10円玉で開けるようになっていた。 しかし、今は鍵が開くかどうかの問題ではない。

寝室は開放することにしたが、大丈夫だろうか。 パソコンに集中しているときに、後ろから「目に悪いから、もう寝なさい」とは言われたくないのだ。子供じゃあるまいし。

ふと、こんなことを考えた。 3年前の夜中、QPが私の部屋に突然侵入したときのことだ。私はどんな顔ををしていたのだろう? 多分、不意を突かれた私は、まさに「悪鬼の如き形相」をしていたに違いない。 

怖い顔の威力は凄いのだ! その効力は3年も続いた。 もう一回やってみたいが…、二番煎じでは、効果が薄いだろうなぁ。

仏の顔も三度
お釈迦さまとカーサラ国王のやり取りを由来として「仏の顔も三度」という諺ができたそうです。 今日、「仏の顔も三度」といったら、どんなに優しい人でも、失礼なことをしても笑って許してくれるのは、3度までという意味で使われます。そのためか「仏の顔も三度まで」と間違って覚えている方もいます。
ことば こころのはな 仏の顔も三度より抜粋)
 
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私たちは悪くない!

2009.12.06 *Sun
QPの想像力も侮れない、私につり銭を払う為に、「歯医者の奥さんが、銀行に一走りして一万円札を両替してくれる」と言うのだ。

朝7時から診療の歯医者に通院しているが、ことの次第はこうである。 ある日、私はいつものように、朝一番で予約した歯医者に行こうとしていた。

「一万円札ですか?」と私。僅かな診察料で沢山のお釣りは気が引ける。
「細かいのが無いから歯医者で崩してほしいのよ」
「朝一番ですよ」
「だから、お釣りを沢山用意して待っているんじゃない」
「今日は千円くらいですよ。そのくらい家にあるでしょう」

歯科医師を含めて3人しかいない小さな歯医者だ。もし、料金が1010円なら、お釣りは8,990円だ。朝一番に、せっかく用意したお釣りをごそっと持っていかれて、気分がいい筈ないと思う。 

「2000円しか無いのよ。足りなくなったら困るでしょう」とQP。
「充分です。もし足りなければ、この次一緒に払います」
「アタシはね。そういう考えが大嫌いなの」
「それでは12,000円持って行きます」
「ダメだよ。スーパーに買物に行くんだから」

歯医者では、歯科衛生士さんが会計など窓口業務をを兼務している。手提げ金庫の中は、こちら側から丸見えだ。

チンと鳴らして小さな手提げ金庫を開けると、お札を金種ごとに分けて並べてあるのが、よく見える。用意されているつり銭は少ない。多くもらうのは気の毒だ。

QPは相手の立場になって、ものを考えることが苦手。 これは良いことでも悪いことでもない。世の中には相手の立場になって考えることに長けていて、悪事を働く人もいる。

例えば、「オレオレ詐欺」はどうだろう。 相手の気持を推し量り、動揺に乗じて即断を求め、目的を果たす最悪の輩だ。私はそう思う。

091202kitara.jpg
札幌コンサートホール・キタラ中庭のイルミネーション 2009年12月2日撮影

あれから1年もたつが、QPは歯医者の一件を、未だにこだわっているようだ。
「アタシはお金が足りなくなったりするのが嫌だから、大きいの持たすんだよ」
「小さいのも一緒に持たせて下さい」
「大きいのがあれば、小さいのはいらないの!」
「だから、お釣りが……」
「お釣りは、いっぱいあるの」
「朝はありませんよ。私は金庫の中を見たんですからね」
えっ! そんなこと止めてよ。私が恥ずかしいから」

別に覗き込んでいるわけではない。 私は立っているのに、会計する人は座っている。手提げ金庫を開ければ、見えてしまうのだ。

ともかく、QPは一端、口にした以上、絶対に後には引かない。 自分が悪いとは口が裂けても言わない。 このことに気付いたのは、愚かにも定年後のことだ。 

いろいろ遭ったが最終的には、この性格を尊重することにした。 言うまでもないことだが見返りが大きいからだ。 これさえ認めて上げれば、三食昼寝つきで好きなことを、やり放題。 しかも、和気藹々と暮らせるのだ。

「歯医者さんの奥さん、働いてないのよ」
「診察室と同じビルに住んでいるのですね」
ようやく世間話に戻ったと思いホッとしたが、そうではない。

「お釣りがなければ、奥さんが銀行にいって崩してくればいいのよ。近いんだから」
私たちは奥さんと面識はないし、いるかどうかさえも分からない。

すべては想像だから何とでもいえる。ここはQPに調子を合わせておこう。
「そうですよ。奥さんはヒマなんですからね」

繰り返しになるが、私が歯医者に行くのは朝7時。簡単な治療なので終わるのが7時30分くらいだ。銀行が開いているはずがない。しかし、これでいいのだ!

なぜなら、決して負けを認めないQPの、降伏宣言がこれなのだ。 どうやら、朝一番に、沢山お釣りをもらうのは、マナーに反すると思い直したようだ。

私たちは悪くない。悪いのは、皆が忙しく働いているのに、のんびりとテレビを見ている歯医者の奥さんなのだ。 こんな風に想像力を働かせて納得してしまった。

自分の非は絶対に認めない人と一緒に暮らすのは、さぞかし大変と思うかも知れない。 しかし、安心してほしい。 抜け道はいくらでもあるものだ。
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プロフィール

Author:なかぱ
HP「中島パフェ」運営
1940年生 男性
北海道新聞のコラム
「朝の食卓」執筆中



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