朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
生れてから22歳までの写真、品物など何一つありません。あるのは記憶だけというのも頼りないですね。生きた証を求めて書きはじめました。

2017年1月1日開設、こちらをクリックして下さい→空白の22年間

【2018/12/25 07:54】 | 未分類
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2010年3月29日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「日本語ボランティア『窓』」は、在日外国人の日本語学習を支援する団体である。その勉強会にお手伝いで参加したことがあるその日は、3人のモンゴル人女性留学生を受け持った。勉強する態度は真剣だ。日本語を一日も早く身に付けたいという、切実な気持ちが私の心に伝わってくる。

学習は順調に進んだが、うろ覚えの日本語文法でつまずき始めた。「助詞ノアトニ助詞デヨイデスカ?」と聞かれても、よく分からない。純真な六つの目が私を見つめている。緊張して口が渇いてきた。助けを求めに待合室に行ったものの、待機しているほかのボランティアの先生は一人もいない。偶然、「窓」の代表の姿を見受けたので、思い切ってお願いした。見習いの小僧が、親方に指図するようなものだが、この際仕方がなかった。

私はモンゴルの少女たちに、よい印象を持って故国に帰ってほしいと願っていたし、代表も同じ気持ちに違いない。待合室から隠れるようにして教室をのぞくと、留学生3人が代表を囲んで熱心に勉強している姿が見え、ひと安心した。真剣に学ぶ外国人と、それを支援するボランティア。私も日本語指導法を勉強して再挑戦したいと思う。

【2017/10/31 14:48】 | 朝の食卓
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2010年2月17日北海道新聞「朝の食卓」掲載

7年前、札幌・中島公園の魅力を紹介するホームページ(HP)「中島パフェ」を開設したとき、大勢の人にメールで知らせたら、「HPの基本がなっていない!」と厳しい反応もあった。そんなとき、テレビ報道で「札幌シニアネット(SSN)」のことを知った。 シニア世代の学習会、クラブ活動など多彩なメニューがある。教えあいが基本なので講師も会員。受講料などの負担も実費のみだ。早速、入会し、HP作成の勉強を始めた。

20人の教室で学び始め、最初はサッパリ分からず悩んでいたら、「復習会をしませんか」と、メールが来た。渡りに船と思い、4人の勉強会に参加した。 「難しくてついて行けません」と言うと、ほかの会員から「実は、私もそうなのです。分からない所を教えあいましょう」と言われホッとした。皆さんの笑顔で気持ちも楽になり、勉強する意欲もわいてきた。

会の理念「学び合い 支え合い 助け合い」のとおりに運営されていることが素晴らしい。それが会員の生き甲斐となり、経費の節約にもなるのだから、一石二鳥だ。そのころ、政府が545億円もかけた「IT(情報技術)講習会」にも参加したが、実にもったいないと思った。そこでは得るものはあまりなかったが、SSN学習会で学んだことは今もHPの情報発信に役立っている。

【2017/09/30 20:28】 | 朝の食卓
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2010年1月24日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「禍を転じて福となす」というが、Yさんとの出会いは、まさにそのようなケースだった。酒席で、酔った男性から「あんたのラジオはつまらないから止めろ」と言われて深く傷ついた。気持ちがなえたまま、放送日を迎え、思わず「止めようかな」とか言ってしまった。

すぐに、メールが届いた。「止めないで下さい。私は聴くのを楽しみにしています」と書いてあった。意外にもオーストラリアからの発信だ。一瞬、「どうやって?」と思ったが、インターネットで番組ブログの録音を聴いてくれたそうだ。 

そのメールの主、Yさんは札幌市出身で中島公園の近くで育ち、20年前に縁あってオーストラリアに移住した女性。インターネットで中島公園の魅力を紹介するホームページ「中島パフェ」と出会い、私がラジオで話していることを知ったという。メールの交換を始めて半年後、うれしい知らせが届いた。 大学生の娘さんと一緒に、中島公園に遊び来てくれるというのだ。

公園内の菖蒲池で、愛らしい親子ガモが泳ぐ夏のひととき。初対面の3人はすぐに打ち解け、北海道の味覚も楽しんだ。ホームページやコミュニティーラジオにかかわり、さまざまな人と出会う。定年後の暮らしは、思いのほか充実している。

【2017/09/09 08:57】 | 未分類
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2009年12月6日北海道新聞「朝の食卓」掲載

知られていないが、札幌の中島公園には安田侃、小田襄ら著名な彫刻家の作品14点が点在しており、鑑賞しながら散策するのも楽しい。しかし、その価値が正当に評価され、大切に扱われているとは思えない。2007年6月、彫刻家山内壮夫(たけお)(1907~1975年)の「母と子の像」が何者かに倒され、さらに目を花火で焼かれる事件があった。

あまりに悪質で、いたずらというには度を超している。ただ、多くの彫刻が腐食や鳥のふんなどで汚れたままになっていることが、いたずらを誘発したのかもしれない。この事件をきっかけに野外彫刻をきれいにしようという機運が高まり、その年の12月、付近の住民と彫刻ファンによるボランティア団体「中島公園モニュメント研究会」が発足。私もメンバーで、年2回の彫刻の清掃を行っている。

今年9月の清掃には、近隣ホテルの従業員も加わり、約30人が3時間にわたって作品を磨いた。活動を始めてからは、いたずらはなくなっている。地道な取り組みが、人々の間に芸術作品を大切にする心を育てているのかもしれない。都市化の波にのまれかねない中島公園を、何とか良好な状態のまま次世代に引き継ぎたい。今後、その役割を担うのは、こうしたボランティアたちかもしれない。

【2017/07/31 21:22】 | 朝の食卓
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2009年11月12日北海道新聞「朝の食卓」掲載

昨年の夏、近くの小学校で、南極の氷を触らせてもらった。南極観測船「しらせ」が持ち帰ったものだった。高さ20センチ、幅20センチ、奥行き14センチ。既に大勢が触った後だったので、角は丸くなり、白っぽい色をしていた。しばらく触っていると、中の空気が弾ける「プチッ」という音がする。3万年前の空気かと思うと、何となくロマンを感じた。

ある先生は「この氷でウイスキーのオン・ザ・ロックが飲みたいな」と言った。児童全員が触るまでは、じっと我慢だ。 ただ、児童300人が触った後、氷は、どのくらい残るのだろうか。しかも、みんながベタベタと触った氷で、大丈夫だろうか。そんなことを考えていたら、誰かが「ウイスキーでアルコール消毒されるから、大丈夫だよ」。

子どもたちは、南極の氷に、どんな夢を感じたことだろう。 北海道新聞朝刊に連載中の小説「氷山の南」を興味深く読んでいる。南極にある氷山を運び出し、世界の水不足対策、さらには農業用水として食糧対策につなげようという氷山えい航プロジェクトの話だ。まさに地球上のさまざまな問題を一挙に解決する夢物語だ。 あの氷の感触を思い出しながら、きょうも朝刊を楽しみに待っている。

【2017/06/30 23:11】 | 朝の食卓
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