朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
2018年4月1日 オンチのカラオケ 開設
オンチの悩みは絶対に克服できると信じて、このブログを開設しました。2年計画の第一歩です。そして2年後に目出度く傘寿を迎えます。歌う傘寿の誕生!
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【2018/03/30 15:49】 | 未分類
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2010年9月18日北海道新聞「朝の食卓」掲載

秋は文化祭のシーズンだ。私の所属する「札幌シニアネット」(会員537人)でも開催する運びとなり、会員からキャッチコピーを募集した。これまで応募された作品を見せてもらうと、「青春」「シニア」という言葉がやけに多い。これは違うなと思い、この二つの言葉を排除して応募することにした。

青春といえば、私たち高齢者は「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」で始まる、サミエル・ウルマンの『青春の詩』が大好きだ。特に定年退職した身は自由で、気持ちとしては学生と共通するものがある。だから、青春を謳歌する気持ちはよく分かる。しかし、キャッチコピーは一般市民向けだ。平均年齢69歳の団体が青春を標榜したら、違和感を覚えられるだろう。

次にシニアだが、「年上の、上級の、高級の」とか、いずれも敬意を表す意味がこめられていると思う。例えば、シニア・バイス・プレジデント(SVP)なら上席副社長というように。こんな思いもあって、自ら名乗るのは気が引けるので「シニア」も排除した。

熟慮の末、私が書いたコピーは
「みんなニコニコ、元気でGO!GO!」である。 
自信を持って応募した。結果ですか? 「排除」されました。

【2018/02/28 21:44】 | 朝の食卓
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2010年8月4日北海道新聞「朝の食卓」掲載

中島公園の変遷は札幌の歴史そのものなので、ときには意外な発見もある。「木下成太郎像」も、その一つだ。菖蒲池東側のひっそりとした林の中に鎮座するブロンズ像が、日本美術史上極めて貴重な作品とは夢にも思わなかった。

およそ3年前、その像が、日本を代表する彫刻家朝倉文夫(1883年~1964年)の作品と聞いたときはビックリした。 基壇は傷み、石と石のすき間から雑草がボウボウ生えたまま放置されていたからだ。

日本だけで310万人もの犠牲者を出した第二次世界大戦が終結して65年たつ。 日本は戦争で人だけでなく、多くの美術品をも犠牲にしたが、日本美術界の重鎮であった朝倉のブロンズ像400点余も、戦時中の金属供出のためにつぶされた。 そして大砲などにされ、そのほとんどが失われた。

この様な状況の中で、朝倉の作品が台座と基壇と共に、残されたことは、奇跡と言ってもよいと思う。3年前から「札幌彫刻美術館友の会(橋本信夫会長)」の呼びかけで中島公園の野外彫刻清掃運動が始まり、老若男女が参加する幅広い市民運動へと発展して行った。

去年の秋、札幌市がこのブロンズ像の基壇等を補修、整備した。基壇のすき間はなくなり、見えにくい文字も鮮明になった。 市民の地道な活動が市当局を動かしたのだろうか。

【2018/01/31 00:02】 | 朝の食卓
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2010年6月23日北海道新聞「朝の食卓」掲載

自分はカラオケ嫌いと思っていたが、偶然歌ったことがきっかけで、大好きなことが分かった。そもそも歌うことが嫌いな人などいないからカラオケ嫌いは周囲の人によって作られるのだと思う。

30年ほど前、場末のカラオケパブで、職場の懇親会があった。経験のない私は歌わないつもりだったが、おせっかいな人のせいで舞台に立つはめになった。「僕が応援してあげよう」とか言って、私の手をぐいぐい引くのだ。ところが、歌いだすと気が変わり、3番までしっかりと歌ってしまった。 後日、上司から注意された。「おまえは下手なんだから歌うな」と繰り返し言うのだ。

こうしてカラオケ嫌いになったが、それが最近、仲間内のカラオケ会に偶然参加したことがきっかけで変わった。最初はもちろん断ったが、2人がかりで両腕をとられステージまで強制連行されたのだ。 30年前と同じ状況で、またもや伴奏が始まると歌う気になってしまった。

ただ、結果は大きく違い、初めて歌う私を歓迎する温かい気持ちが伝わってきた。 誘われるままに次の例会にも出て歌うと「うまくなったね」と言われうれしくなった。カラオケは好きになるも嫌いになるも、周り次第だと思った。好きな歌を人前で歌うことは、やっぱり楽しい

【2017/12/30 05:14】 | 朝の食卓
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2010年5月15日北海道新聞「朝の食卓」掲載

JR札幌駅から中島公園まで、約2Kmの駅前通を真っすぐ南に歩いてみよう。新しい街から古い街へと、札幌の歴史をさかのぼるような気がして楽しい。超高層ビルJRタワーのある札幌駅前の地下に降りると、工事中の地下通路をガラス越しに見ることが出来る。後1年足らずで巨大な地下都市が誕生する。

大通公園を過ぎて5分も歩けば、明治初期からの歴史がある狸小路商店街だ。5丁目には「狸神社」と呼ばれる本陣狸大明神社がある。さらに南に行くと歓楽街ススキノだが、南7条では東に新栄寺、西に豊川稲荷が見える。この辺りは寺が多い。

駅前通の終点は中島公園だ。ここには移設された国指定重要文化財がある。江戸時代の茶室八窓庵と貴賓用ホテルとして明治13年に建築された豊平館である。最近注目されているのが東側の林の中に鎮座する「木下成太郎先生像」だ。作者の朝倉文夫は東洋のロダンと称される彫刻家だが、戦時中の金属供出のために400点余の彫像はほとんどが失われた。ブロンズ像として残された作品は珍しい。

札幌駅から中島公園への散歩は小さな旅だが、123年をたどる長い歴史の旅でもある。大通公園以北は未来の街、狸小路以南は歴史ある街、そんな印象を与えてくれる駅前通歴史散歩である。

【2017/11/30 08:48】 | 朝の食卓
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2010年3月29日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「日本語ボランティア『窓』」は、在日外国人の日本語学習を支援する団体である。その勉強会にお手伝いで参加したことがあるその日は、3人のモンゴル人女性留学生を受け持った。勉強する態度は真剣だ。日本語を一日も早く身に付けたいという、切実な気持ちが私の心に伝わってくる。

学習は順調に進んだが、うろ覚えの日本語文法でつまずき始めた。「助詞ノアトニ助詞デヨイデスカ?」と聞かれても、よく分からない。純真な六つの目が私を見つめている。緊張して口が渇いてきた。助けを求めに待合室に行ったものの、待機しているほかのボランティアの先生は一人もいない。偶然、「窓」の代表の姿を見受けたので、思い切ってお願いした。見習いの小僧が、親方に指図するようなものだが、この際仕方がなかった。

私はモンゴルの少女たちに、よい印象を持って故国に帰ってほしいと願っていたし、代表も同じ気持ちに違いない。待合室から隠れるようにして教室をのぞくと、留学生3人が代表を囲んで熱心に勉強している姿が見え、ひと安心した。真剣に学ぶ外国人と、それを支援するボランティア。私も日本語指導法を勉強して再挑戦したいと思う。

【2017/10/31 14:48】 | 朝の食卓
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