朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
カテゴリーを変えてみた。

【2016/08/23 10:25】 | 未分類
トラックバック(0) |
只今体調不良の為更新休止中。2017年元旦の再会を目指して準備中です。
皆様との再会を楽しみにして体調快復に努めています。

2016年8月23日 カテゴリの再編成

【2016/07/24 07:59】 | 未分類
トラックバック(0) |
これまで拙い雑文を読んで頂き有難うございます。体調の都合で少しお休みします。実は14日の夕方から腰が痛くて立てなくなりました。17日にタクシーに乗って、やっと医院に行きました。レントゲン撮ったりして調べましたら何ともないと言われました。

歩けるようになったから診てもらいに行ったのですから何ともなくて当然です。しかし立てないということは思った以上に不便です。最初に困るのがトイレ、これはかなり大変です。尿瓶などあっても使えません。痛くて姿勢を変えられないのですから。飲食はたいしたことありません。三日ぐらいは水だけで充分。食欲もわきません。

前にもあったし、次に起こると困ります。しかし何ともないのですから医療で直すことはできません。だからと言って立てないと何もできません。それで自分で工夫することにしました。リハビリとかいろいろありますが、ここには、このブログに関することだけを書きます。

当分、このブログの更新を休みます。パソコンの前に座って居る時間を減らすのが目的です。他にもいろいろありますが、対策の一つです。どんな小さなことでも立つことに役に立つのならばやります。立てなければ歩けませんからね。お医者さんから見れば三日で立てる人は病人ではないようです。

一方私は、やりたいことが山ほどあります。どれもこれも大したことではありません。例えば英語で歌いたいとか、そんなレベルの話ばかりです。だけど三日立てないのは大損害です。絶対に常に立って歩きたいのです。毎日ですよ。例外無し!

このような訳で、このブログの更新は体調が完全に快復するまで休みます。何よりも立って歩くことを優先します。たとえ三日でも寝たきりにはなりたくないのです。今まで読んで頂き有難うございます。快復すれば再開します。勝手ですが、その節はよろしくお願い致します。

7月2日加筆 セカンド・オピニオン
ブログを止めても痛いのは治りません。レントゲンを見ても異常ありません。何ともありませんと言われても痛いところは痛いままです。良いことを考えつきました。今流行のセカンド・オピニオンです。

別の病院で診てもらうとMRIを撮って見せてくれました。腰椎間板ヘルニアが原因の座骨神経痛と説明してくれました。この薬を飲めば2か月で完治するとも言ってくれました。MRIとは素晴らしいですね。レントゲンよさらばです。

霧が晴れてきました。やっとこ明るさが見えてきたのです。状況によって痛むけれど避ける方法を見出しているし、ゆっくりなら歩けるので日常生活に支障はありません。もともと家事など何もしていなかったので外出が減るだけです。世の中何が役に立つか分かりません。口だけは達者だから食えるし喋れるしカラオケも出来るのです。カンラカラカラ、下手の横好きに救われました。

FC2blog テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【2016/06/25 00:00】 | 照る日曇る日
トラックバック(0) |

再開お待ちしています
朱庵
何時も楽しく拝読しておりますが、お辛いことは、痛いほど(経験者なので)わかります。
ご自分の納得されるようなさるのが一番。
その上での再開、心からお待ちしています。


有難うございました
PP
長い間、拙い駄文を読んでくださり有難うございました。
お陰様で書くことを楽しむことができました。
しかし、これも健康あっての話しだなと思いました。
体調に悩みがあると書こうという勢いがなくなってしまいます。
休んでいる内にエネルギーが溜まってくるかも知れません。
その節はよろしくお願い致します。

霧が晴れて良かった!
路傍の石
ブログのお休み、ビックリしました。

セカンド・オピニオン受けて正解でしたね。
時間はかかっても薬で完治するご様子、良かったです。

気長に療養され、その間に引出しを満たし、
またユーモア溢れるエッセイで笑わせて下さい。

お待ちしています。

有難うございます
PP
病院変えて好かったです。
1年近くもも無駄なリハビリしていたものだと思いました。
もちろん一生懸命だったリハビリの先生には感謝しています。
お医者さんにも感謝しています。MRIもないのに仕方ないです。
5年くらい前に受けていて異常なしだったので、
受けても仕方ないと勝手に判断していました。
5年の間に身体が変化というか、悪くなっていたのですね。

このブログは書きたくなったら又、書きたいと思います。
その時はよろしくお願い致します。



コメントを閉じる▲
テレビは食と医の番組で溢れている。両方とも生きる上で大切なことだがテレビで学ぶ気はない。医者の言うことをよく聞いているし、食は好き嫌いなく何でも楽しく食べている。それにこの種のテレビを観ているQPは何時もこれ等の問題で悩まされているように見える。私は悩みたくない。

70歳を過ぎて悪い習慣が身についてしまった。健康に悪いと言われてもいろいろ効用もあるので止める気がしない。これをやると頭がスッキリし爽快な気分にもなる。元気をもらって集中力も増すのだから止められない。

ところで番長と呼ばれた元野球選手の裁判の結果は、大方の予想通り執行猶予がついた。彼の場合は問題となったのが非合法の覚醒剤だった。ネットで調べると「使用すると、頭にあったモヤモヤが一気に消え去り、爽快な気分になります。体に力がみなぎるような錯覚をして、途轍もない集中力を発揮します」と書いてある。

そうなのか。「番長」さんに教えて上げればよかった。頭のモヤモヤを消し、集中力を発揮したいのなら良い薬がある。否、方法だ。 それは睡眠。何だそんなことかと思わないでほしい。効き目は抜群、経験がないから比較は出来ないが、覚醒剤なんかに負けないぞ! 合法的ではあるが怠け者と疑われるので内緒だが。

規則正しい生活が健康の元と信じていたが、ある人を見て考えを改めた。その人はQPのお母様、私の義母である。遠方で長男家族と一緒に暮らして居るが、よく遊びにくる。だいたい1週間から1ヶ月の滞在。休養に来ているのかな?

朝から晩までテレビを見るか寝ているだけ。当初は観光などに連れ出したが嫌がっている様なので止めた。彼女が最初に我が家に来たのは46年前だった。息子が生まれた年である。その時も産後のQPだけが動き回り義母様はお客様に徹していた。控えめだが言われなければ何もしない人だった。

98歳で亡くなったが、認知症にもならずに、しっかりと生きて来た。そのユッタリとした生き方を見て、私の生きる道はこれだと思った。健康法も人それぞれ。ひたすら休養することも健康法の一つと考え方を変えたのだ。

朝・昼・夕寝、眠たくなったら直ぐにベットに入り本格的に寝ている。短ければ10分、一番長いときは6時間、普通は30分前後で目が覚める。眠気に襲われるのは大抵は食後とかパソコンに向かっている最中である。まさに襲われると言う感じだ。そのまま居眠りしたり、ボーっとして頭が回らない状態におちいるのだ。寝れば5分でも快復する。眠れなくても30分間横になるだけで頭がスッキリする。

なにも覚醒剤などに頼らなくても眠るだけでスッキするのだ。だが待てよ、このスッキリとあのスッキリは違うのだろうか? 覚醒剤をやった時のように「途轍もない集中力を発揮」してみたいものだ。

危ない危ない、眠たい時に眠れるだけで幸せではないか。しかしこれも覚醒剤同様習慣性があるから要注意。物事何でも加減が大切だ。しかし、いい加減なところで止めてしまったら113番元素ニホニウムの発見はあり得ない。悩んだ私は、寝ながら幸せをつかみ、偉大な人々の偉業を見物して楽しむことにした。

FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2016/06/18 00:00】 | 生きる知恵
トラックバック(0) |


路傍の石
お義母様の「ユッタリ」した生き方も良い人生ですね。

多趣味の私は、お義母様のように
「ユッタリした時間]をあまり持ちませんでしたが、
これからは少しノンビリ暮らしたいと思います。

昼寝の効用は私も多いに活用しています。
昼寝後のスッキリ感には感謝したくなります。

大切なのは運と寿命
PP
考えて見れば健康状態は一人ひとり違うのです。
だから対応もいろいろあって当たり前かもしれません。
エライ人の訃報が次々と報道されますが、60代とか年下の人が多いですね。
一流のお医者さんにかかっていても寿命がくれば終わるのです。
大切なのは運と寿命、両方とも天が授けれくれもの。
この年まで生きてこれたことに感謝しています。

コメントを閉じる▲
行方不明の小学2年生が無事に見つかり快復し退院した。その姿を見て胸がいっぱいになった。とても嬉しい。テレビニュースでこれほど感動したことはない。食料を持っていなかったと言うことなので、ギリギリのところで助かったのだ。

まさに天の助けと思う。たまたま用事でA君が迷い込んだ小屋に来た自衛隊員に発見された。この偶然がもっと早く来れば苦しみも少なかったはず。全ては運だと思う。なぜ6日間も見つからなかったか深く考えさせられた出来事だった。

この件に関する私の知識は、テレビと新聞で得た情報だけだった。しかし「躾」という大切な言葉が軽々しく、しかも言い訳として使われていることに違和感を覚えた。

事実関係を掴んでいないので、あくまでも「そうだとすると」と言う仮定の上の話だが、親が山菜取りと嘘をついたと聞いて驚いた。捜索のために最も重要な位置情報に関わることが嘘では困る。捜索範囲が大幅に変わってくるではないか。つまり一人っきりの小学2年生が行きそうもない場所を重点的に探すことになる。結果として、家族が捜索活動をかく乱し、妨害をしたことになるだろう。

「だだいまから行方不明のA君の捜索を行う。捜索範囲は山菜の採れそうな森の中」
と隊長が臨時編成の捜索隊員に命令を下す。
「小学生が一人で山菜取りですか?」と隊員の一人。
「家族と一緒に行ってはぐれたんだ。行った場所は家族から聞いている」
「その辺りを大声をだしながら、探せば簡単に見つかりますね」
「大声を出すだけじゃだめだ。子供が応える声に耳を傾けることが大切だ」

しばらくして隊員から報告、「隊長、山菜を採った跡が見つかりません」。
隊長は家族に訪ねた。「採った山菜を見せて下さい」。
「採ろうとしてアチコチ歩いている内に子供が居ないことに気づきました」
「足跡が手掛かりになるでしょう。安心してください。直ぐ見つけます」
以上は想像だが、これからも想像だ。なにぶん分からないことばかりなので。

一人残された小学生は、どう考えるだろうか。家族に会いたいと思うに決まっている。家族は車で移動している。道路以外の所に行くはずがない。森に入ることは考えられないのだ。人気のない森は小学生でも大人でも怖い。好んで入る場所ではない(山菜取りなら話は別だが)。

自分が放置されたらどうするか想像してみた。とにかく人気のある場所に行きたい。絶対に森の中などに行きたくない。真っ暗になる前に人に会いたい。自分が何処にいるか分からなくなったら人に聞くより助かる道がない。都会育ちだからそう思った。

隊長は再び家族に訪ねる。
「足跡も見つからないし何の手掛かりも無いのです。場所を間違えていませんか?」
「実は、……山菜取りは嘘でした」
「嘘をつかれたら見つけることはできません。どこで行方不明になったのですか」
「道路です?」
「なぜ?」
「しつけです」
「しつけ? 捜索の為には正しい情報が必要です」
「車から降ろして道路に置き去りにしました」
「なぜそのことを最初に言わないのです」
「言えばDV(家庭内暴力)と思われるでしょう」
「子供さんを見つけることと、自分が悪く思われないこととドッチが大切ですか」
「子供の命です」
「では何で嘘をつくのですか!」
「両方とも上手く行くと思ったんですよ」

フィクションです。最近起こった児童行方不明事件とは全く関係がありません。

FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2016/06/11 00:00】 | 私が思うこと
トラックバック(0) |


そよ風
今回のニュース、めでたしめでたしで終わって良かったですね。 
父親の記者会見を見て涙が出ました。
最初に嘘をついた事は確かに悪いと思いますが、直ぐに見つかると思っていたのでしょう。

子供を置き去りにして5分後には現地に戻っています。
子供が車や人様に対して石を投げたので躾として車から降ろしたと言ってましたが、その事で世間を騒がせるなんて父親としては思ってもいなかったでしょうね。
海外のメディアまで広がったんですもの…

子供が悪い事をしたら躾も大事ですが、今回はちょっと行き過ぎましたね。
父親も深く反省していたので許してあげましょうよ。
私は父親に対して、そんなに悪印象は持っていません。


お父様も大変でしたね
PP
本当に助かって好かったです。
テレビでですが無事な姿を見て我がことのように嬉しかったです。
人が水だけで生きるのは7日くらいと聞いていました。
やつれてはいましたが、意外に元気そうだったのでホッとしました。
6昼夜一人で空腹をかかえて過ごすのは想像を絶する苦しみです。
小学2年生がテレビ写りでは平静に見えたので感動しました。
お父様も大変でしたね。皆様の幸せを祈っています。

コメントを閉じる▲
みっともないことは思い出したくないから歌と英語の話はしたことがない。ところがある出来事がきっかけでタガが外れた。それからは折に触れて話題にしている。幼児と高齢者は下手の横好きも許されるかも知れない。幼児は成長の為、高齢者は健康の為になる。理屈はともかく、どんなことでも自由に話せれば楽しい。

最近になって洋楽カラオケを始めたが私の場合は、英語も日本語(カタカナ)も変だ。残念ながら修正不可能なので気にしないことにしている。歌も英語もスポーツも体内における情報伝達の役割を担う神経の影響が大きいと思う。多分その辺に問題があるのだろう。簡単に言えば反射神経が鈍いのだ。

若い時の話だが肉体労働ではやって行けなくなったので「趣味の英語」で転職できないかと、航空管制官試験を受けたら運よく合格した。当時は東京オリンピック目前だから英語の出来る人には職がいっぱいあり、待遇の悪い管制官の試験などを受ける人は少なかった。お蔭で辛い労働から解放されてホッとした。

羽田(東京)での教育訓練中に、この仕事は難しすぎると思った。口が回らず反射神経も鈍い、オマケに英語教育も受けていない。それでも止めようとは思わないのは、肉体労働がいかに辛いかは骨身に染みていたからだ。どこか私でも働ける場所がある筈だと一所懸命調べたらあった。それは北の都のO空港。空港とは名ばかりで実質的には陸上自衛隊第X飛行隊が使用する飛行場である。

民間機は日本国内航空の定期便等がホンの少し、残りの90%は陸上自衛隊の軽飛行機とヘリコプターだ。パイロットは99%日本人、しかも90%はO空港を本拠地とする陸上自衛隊機である。だから苦手な英語は必要ないのだ。英語を簡略化した管制用語だけで仕事はできる。複雑なことは日本語で話せばすむのだから何の不安もない。

陸自機は殆どが同じ飛行隊に属す軽飛行機だから秩序正しく飛んでくれる。しかもユックリと。こんな有難い職場は日本中でここ一つしかない。あっても自衛官しか勤務出来ないから航空局の職員では行くことが出来ない。一生、ここに居ようかと思ったが、そうは行かなかった。穏やかな暮らしは1年半で終わった。普通の管制施設に転勤になったのだ。もちろん英語も敏捷性も必要だ。しかも忙しい。

虚弱体質だから肉体労働は出来ないし転職する為に必要な技術もない。止められない以上は真面目にコツコツと努力するしかない。疲れる、ノロマ、出来ないは禁句。真面目な人と評価された。しかし敏捷性が求められる仕事だから認められることはない。野球に例えれば万年二軍の状態だ。退職の日を夢見て真面目に勤め、全力で頑張った。本当は楽をしたい怠け者なのに、不本意ながら仕事一筋?

退職して気分がとても楽になった。ある時に初めて「私はノロマだ」と言ってみたら、気分がとても楽になり、それを言うのが癖になってしまった。次は「虚弱体質宣言」、この二つの言葉を発したら心が解放された。何となく幸せを感じて嬉しかった。苦手なことを出来るふりする偽りの人生は終わったのだ。

2009年のことだが、北海道新聞から『朝の食卓』と言うコラムを書くことを頼まれた。その時、執筆者略歴に必要なので職業を知らせるように言われた。公務員と書いたら職種を問われたので航空管制官と書いた。退職後、元の職業を言ったのは初めてだった。これがキッカケとなり過去に関する拘りから解放された。

拘りとは情けない過去を完全に葬ることだった。退職を人生のスタートとする為に、過去を忘却することに拘っていたのだと思う。10年ひと昔と言うが本当だと思う。今は何の拘りも無い。一切の拘りが無くなり、自分に素直になれた。

何だか子供の頃に戻った様な気がする。少年時代の些細な出来事まで脳裏に浮かぶ。記憶は定かでないが、アメリカ民謡で「峠の我が家」と言う曲だったろうか? 英語で歌いたいからカナふってくれと、兄に頼んだら、「カタカナは日本語だ」と断られた。こんなことさえ懐かしく思い出だす。

今も同じようなことをしている。否、もっと悪いかも知れない。在職中に一生懸命英語らしくしようと思って回らない口を無理に回したので、日本語(カタカナ)でも英語でもない妙な発音になってしまった。40年もかけてついた悪い癖は修正不可能だ。こうなったら何もかも今のままでいいと思うより他はない。年を取ることは有難い。自分を含め、誰でも何でも肯定できるようになる。 これでいいのだ!! 天才バカポン

FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2016/06/04 00:00】 | 照る日曇る日
トラックバック(0) |


路傍の石
「趣味の英語」で生涯の職を得たのですから、
「下手の横好き」と仰るのはきっと謙遜なのでしょう。

自分がとても気にしていることを、他人はそれ程気にしていないってこと、
ありますよね。

>兄に頼んだら、「カタカナは日本語だ」と断られた。

思わず 「フフフ」・・・
PPさんの文章は楽しい!



お陰様で趣味の世界に戻れました
PP
英語も一人で好きだ、趣味だと言っている内は楽しかったのです。
仕事に就いたら全く向いていないことが分かりました。
それからは真面目一筋、ふざける余裕はありません。

お陰様で好きだ趣味だ、の世界に戻ることが出来ました。
思わず 「フフフ」・・・は嬉しいですね。
笑ってもらいたくて書いていますから。


コメントを閉じる▲