朝食はテレビを消して話しながらとる。 「朝の食卓」の話題は近所の中島公園、健康、そして札幌シニアネット(SSN)、カラオケ、歩こう会など。
生れてから22歳までの私の写真、私文書、私物など何一つありません。
あるのは記憶だけ、裏付けるものが何もないというのも頼りないですね。
生きた証が何もないのです。

2017年1月1日開設、こちらをクリックして下さい→空白の22年間

【2017/12/25 07:54】 | 未分類
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2009年7月14日北海道新聞「朝の食卓」掲載

今月中旬から道内でも各地で花火大会が行われる。去年のことだが、札幌市の豊平川で行われる花火大会に出掛けた。すごい迫力だ。花火が上がる度に観客の歓声が響く。夜空にパッと咲く大輪の花を見て、久しぶりに興奮した。

ところが、打ち上げの合間に「怖いよー、帰ろうよー」と幼児の泣き声が聞こえた。なるほど、この迫力も幼い子にとっては恐ろしいものなのだ。

しばらくすると、トイレに行きたくなった。我慢も限界に達した。見物をあきらめ、隣接する中島公園に急いだ。ここには公衆トイレもたくさんある。トイレから出て、あたりを見回すと、あちこちで花火見物をしている人がいた。花火はやや遠目になるが、音も小さく聞こえるので、幼児もここなら大丈夫だろう。

観客でぎっしりと埋まった河川敷と違って、人もまばらで、立ったり、座ったり、寝転んだり、と見方はいろいろ。皆リラックスした感じで花火を楽しんでいる。菖蒲池のボートに乗って見るカップル、豊平館前で開かれていた野外喫茶ではビールを飲みながら。ここを花火見物の穴場を知って、やって来た人も結構いるのだろう。

打ち上げを目の前で見て、光と音の迫力を楽しむのもいいが、自分なりに見物の穴場を見つけて花火を楽しむのも、これまたいい。

【2017/03/28 08:07】 | 朝の食卓
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2009年6月4日北海道新聞「朝の食卓」掲載

もうすぐ北海道神宮の例祭(札幌まつり)だ。去年のまつりのことだが、約40年ぶりに「お化け屋敷」に入った。中島公園の魅力を紹介するインターネットのホームページを運営する立場として、「見ておかねば」と思った。 ところが、友人や家族を誘っても「年だから」と同意を得られず、一人で行くことになった。

お化け屋敷に入って歩くと、外に出たり、中に入ったりする。 これには二つの理由があるようだ。 一つは外にいる見物人に、中のにぎわいと興奮ぶりを見せること。 もう一つは、明るい所に客を出して目をくらませ、内部をより暗く見せることだ。なかなかよく考えられていると感心する。

再び中に入ると、子どもが、お化けに驚かされて逃げ回っている。 私の番になったが、お化けはじっと立ったままだ。「驚かさないの」と聞くと、うつむいてしまった。さらに行くと、また外に出た。目の前には見物人がたくさんいて恥ずかしい。 慌てて中に入って迷ってしまった。どうしても出られないのでお化けに聞いた。 「出口どこ?」。お化けは黙って指を指した。口をきいてはいけないらしい。

怖いもの見たさにお化け屋敷に行ってみたが、想定外の60代の一人客に、お化けは相当に戸惑っているようだった。

【2017/02/25 18:54】 | 朝の食卓
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2009年4月25日北海道新聞「朝の食卓」掲載

「会社を退職したら、肩書を外した付き合いを」と言われるが、肩書がないというのは案外大変だ。 その夜、自宅近くの札幌・中島公園でジャズコンサートが開かれ、会場そばの幻想的な照明の中で、若者が踊っていた。 インターネットで中島公園のホームページ(HP)を開設している私は「これは絵になるな。グッドタイミングだ」と、持っていたデジカメでシャッターを切った。 

「おっさん!おれを撮ったな」。気づいた若者が、こう言いながら近づいてきた。一瞬、緊張が走った。 私は「中島公園のHPを運営しています。撮った写真を載せてもいいですか?」と言いながら、慌てて名刺を渡した。名刺といっても、2カ月に1回出演するコミュニティーFMの番組を少しでもPRをしようと自分で作ったものだ。名前の横にラジオ番組名と「担当」と書いてある。

若者の態度が穏やかになった。「おじさん、すごいんだな」と言われてホッとした。だが、「すごい」とは一体何のことだろう? NHKや大きな民放局の番組と勘違いさせたのかもしれない。とはいえ、苦し紛れで作った名刺に救われた。肩書を外した付き合いは世界も広がって実に楽しいが、一方で、こんなつらさもある。

【2017/01/25 00:00】 | 朝の食卓
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2009年3月15日北海道新聞「朝の食卓」掲載
第2回「ボクシング作戦」
識者と言われる人は、口々に「老後は人の輪に入りなさい」と言う。その言葉を信じたが、それだけでは成果が上がらない。 創意も工夫も必要なことが分かった。そこで、1年をボクシングのように12ラウンドに分け、自分なりの創意と工夫を試してみることにした。 リングには高齢者向けの「やさしい英会話」教室を選んだ。

最初は、あえて人の輪に入らないで人々を観察した。教室の隅にジッと座って9カ月が過ぎた。アウトボクシングのつもりだ。必殺パンチは得意の「パソコン」。慎重にタイミングを計ることにした。年明けにチャンスが到来した。教室の新年会だ。ボクシングだと第9ラウンドあたり。そろそろ仕掛けよう。宴席で何げなく女性のAさんの横に座った。インターネットに興味があることを知っていたからだ。

「趣味は?」と聞かれた。「パソコンを少々」と答え、「教室仲間のホームページを作らない?」と持ちかけると、話はとんとん拍子に進んだ。こうしてホームページ作成を軸に人の輪が広がっていった。「ボクシング作戦」は大成功だ。

しかし、そう思ったのは私だけだったらしい。 ある日、別のメンバーが言った。「Aさんは、あなたが、いつも一人で寂しそうだから声をかけてあげたんだって」

【2016/12/29 08:48】 | 朝の食卓
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2009年 1月9日北海道新聞「朝の食卓」掲載
第1回「まだ小学生」
「話し方がイマイチだねえ」。地元のコミュニティーFM局に初めて出演した時、番組を聞いた友人に言われた。ラジオで話すのは初めてだ。思うように口も動かないし、頭も働かない。 こう考えることにした。私自身をリセットし、退職時を小学校入学時と考えればいいのだ。不評には「まだ、小学生だからね」と応じればいい。

退職して約8年になるが、生活は期待以上に充実している。ものを書き、ラジオで話し、自由に情報発信できることが何より楽しい。「書くことは恥をかく」と言われるが、私は話しても恥をかく。それでもやってしまうのは、なぜだろう?

それは経験がないからだ。もし、若いころに経験があれば、難しさも分かるので躊躇(ちゅうちょ)する。 あるいは、今さら勉強しても当時の水準に戻すことはできないと思い、やる気が出ないのではないか。

経験がないから未知の世界に出会うことが楽しく、新鮮に感じるのだろう。何のことはない、子どもの世界に戻ったようなものだ。退職当時は「ぬれ落ち葉」とか「粗大ごみ」とか、定年退職者をやゆする言葉がはやっていた。多少不安を抱いていたが、多くの人との出会いが解消してくれた。

「友だちが百人できたよ」と私。冗談めかして妻は言った。
「良かったね。小学生のおじいちゃん」

【2016/11/29 09:53】 | 朝の食卓
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